第12話 サイクリング

 教室の隅で、慈美子は関都と話をしていた。しかし、例によって三バカトリオが割って入ってきていた。


「懸賞で当たった自転車はおフランスせいのマウンテンバイクでね!16段変則付きなんだ!」

「へ~!凄いわね!」


 関都はアイスの懸賞に応募していて、その懸賞でマウンテンバイクが当選したのだ。新しい自転車が欲しかった関都は喜んで自慢する。そんな関都の話を羨ましそうに聞き入り、感嘆の声を上げる慈美子だったが、そんな慈美子に三バカトリオが食って掛かる。


「あんたに自転車の良さとか分かるの?」

「あんたには三輪車がお似合いだわ!!」

「あんた、自転車の乗り方知ってんの?」


 そんな三バカトリオに慈美子は冷静に、大人の対応で反論する。


「当たり前じゃない!自転車くらい私でも乗れるわよ」


 そんな慈美子はエジソンが発明品を思いつくように名案を思い付いた。慈美子は平静を装いながら、落ち着いて皆に提案した。


「そうだわ!皆で今度サイクリングに行ってみない?」

「いいな!それ!」


 関都はすぐに喰いついてきた。まるで血の臭いを嗅ぎ付けたピラニアのように食いつきが良い。好感触である。しかし、もう1人血の臭いを嗅ぎつけたハイエナがいた。


「わたくしもサイクリングに参加させてもらってもいいかしら?」


 城之内である。そのハイエナは、獲物を横取るように慈美子の名案に割り込んできた。


「では今週の日曜日なんてどうかしら?ちょうど梅雨の中休みですし!」

「いいわね!」

「流石城之内さん!」

「名案だわ!」


(元々私のアイディアなのに…)


「私もその日は空いてるけれど…」


 慈美子は渋々城之内に横取りされた案に乗った。しかし、関都の顔は梅雨の中休みとは違い積乱雲のように曇っている。


「僕はその日は外せない用事があるんだよなぁ…」

「え?」


 一同の顔が雨雲のように曇って行く。しかし、関都はカラッとした表情になり、天真爛漫に皆に提案した。


「僕抜きで行ってきなよ!たまには男子抜きの女子同士で女子会を楽しんで来いよ!」


 しかし、慈美子たちの空気は重苦しいままである。関都が居なければ行く意味がない。しかし、関都はそんな事知る由もなかった。


「僕に遠慮せずに女子同士で親睦を深めると良い」

「そ、そうですわね…」

「え、ええ…」

「じゃあ次の日に日曜日の話、聞かせてくれよ!楽しみに待っているからな!」


 慈美子と城之内はしまったと思った。完全に断れない空気になってしまった。仕方なく、関都抜きでサイクリングに行くしかない。慈美子と城之内は心が梅雨入りしたまま、日曜日を迎えるのであった。

 不安を抱きながらも、慈美子は待ち合わせ場所の駅前広場に到着する。


「ごめ~ん。おまたせ~」


 慈美子は先に来ていた三バカトリオに謝った。しかし、三バカトリオは許そうとしない!


「約束の1分前じゃない!約束の5分前には来ておきなさいよ!」

「そーよ!そーよ!」

「約束ピッタリに来るのが許されるのは城之内さんぐらいなんだからね!」


 三バカトリオが慈美子を罵倒すると、三バカトリオはあるものに気が付く。三バカトリオは慈美子の自転車の後輪に釘付けになった。


「ほ、補助輪!?」

「冗談でしょ?!」

「アイエエエエ!補助輪!?なんで補助輪!?」

「あんたいくつだと思ってるの?」


 慈美子は急に恥ずかしくなった。それまでは気にも留めていなかったが改めて指摘されると恥ずかしさを感じた。まるで人見知りする子どものように顔をしかめた。


「変…かしら?」


 慈美子は過保護な家庭で育てられており、補助輪を外して自転車に乗る練習をしたことが無かったのだ。自転車に乗れるようになるのに1度も転ばない人は居ない。そんな危ない練習を両親は慈美子にさせたくなかったのだ。

 転校してくる前の慈美子の周りは、慈美子が補助輪を付けている事に全く疑問を持っていなかった。昔から付けていたために、誰も不自然だとは思わなかったのである。


「変でしょ!大人で補助輪を付けるなんて!」

「大人で補助輪が許されるのは老人ぐらいでしょ!」

「あんた頭イカレてんじゃないの?!」


 3人はヘイトスピーチのように慈美子を罵った。3人はまるで弱者を好奇の目で見る小学生のように、慈美子の補助輪を蔑んだ。

 

「皆様!ごきげんよう!」


 そこに時間ピッタリに城之内が現れた。三バカトリオは城之内と一緒にここぞとばかりに慈美子を馬鹿にしようと目論む。


「ちょうどいい所に来たわ!城之内さん!」

「聞いてよ!地味子さんったらね~」

「補助り…」


 城之内の姿を見るや否や、3人の表情が固まった。はたして、3人の目に留まったものとは…?!


「補助輪?よくお気づきになれましたわね!お目が高いですわね!この補助輪はおフランス製の最高級品ですの!」


 なんと、城之内も補助輪を付けていたのだ!真新しい自転車に真新しい補助輪を装着している。何を隠そう、城之内は自転車に乗るのは今日が初めてなのだ。


「勿論、自転車もブランドものの一級品ですのよ~!わたくし、今まで自転車っていうものを持ってませんで…。この機会に初めて買ったおニューの自転車と補助輪ですの!」


 温室育ちの城之内は今の今まで自転車に乗った事が無かったのだ。そのため自転車も補助輪も新品なのである。

 三バカトリオは気まずそうな顔をするが、すぐに切り替えて、いつもの調子に戻った。


「本当本当!立派な補助輪よね~!」

「自転車と言えば補助輪よね~!補助輪がない自転車なんてカレーがないカレーライスと一緒だもの!」

「補助輪はレディーの嗜みですものね!」

「さっきと言ってることが違うわ」


 三バカトリオはすっかり手のひらを返し、いつもの調子で、城之内をヨイショするのであった。まさに太鼓持ちである。3人はまるで大太鼓を担ぐように、城之内の補助輪を褒めちぎった。まるで太鼓だけのバンドの様である。


 そうこうして、5人はサイクリングロードを走行していた。しかし、城之内と慈美子は一歩遅れていた。補助輪が付いている自転車はスピードが出にくいのだ。

 なんとか遅れながらも2人は三バカトリオに付いて行った。その様は、まるで親鳥を追うひよこの様である。

 5人は草原で一休みし、シートの上にぺたん座りしてお弁当を食べ始めた。5人は品性が良く、いつもお行儀よく座るのだ。そんな城之内のお弁当は重箱である。


「ん~!苦労して作ったお弁当は最高ですわ!」

「やっぱり自分で作ったお弁当は格別ね!」


 5人はそれぞれ手作り弁当を披露した。まるで駅弁大会のように十人十色の個性的なお弁当である。本当なら関都に食べさせるはずだったのに。そう残念に思う城之内と慈美子だった。


「ちょっとお化粧直しに行ってきますわね!」


 城之内は席を立った。慈美子はすかさず、三バカトリオに漫才のように突っ込んだ。


「補助輪見た時の反応が私と城之内さんで違うじゃない!」


 三バカトリオはたどたどしい表情になった。しかし、すぐに取り繕いだ。まるでミシンのような繕い上手である。


「城之内さんは初めて自転車に乗ったんだからあれで良いのよ!」

「そ~よ!そ~よ!初めて自転車に乗ったんだったら補助輪が付いていても当然じゃない!」

「あんたなんて何年も乗ってるのに未だに補助輪なんでしょ!恥ずかしくないの?!」


 3人はナイフで心臓を刺すように慈美子を攻撃した。慈美子は反論できない。慈美子は3人のいう事が正論だと思った。自分はなぜ未だに補助輪を付けているのか。とっても恥ずかしくなった。

 そこに城之内が飛び跳ねるように上機嫌で戻ってきた。三バカトリオはすぐにまたすけこまし顔に戻る。そんな顔を見て調子に乗った城之内は皆を仕切った。


「さぁ、食後の休憩にもう一休みしたら、帰りましょう!」

 

 5人はしばらく休んだ後、来た道を戻り、互いに別れを告げて解散した。

 慈美子は補助輪の付いた自転車で帰路に付いていた。すると思わぬ運命のいたずらが起こる。

 なんと関都と偶然にも鉢合わせてしまったのである。関都は、金ぴかの自転車に乗っている。懸賞で当てた自転車を自分で金色にスプレーしたのである。そんな関都は慈美子に気が付き、嬉しそうに呼び止めた。


「おお!慈美子、偶然だな!」

「か、関都くん…!用事はもういいの?」

「おう!ちょうど、さっき済ませた所だ」


 慈美子は内心気が気でない。関都に補助輪を見られたくないのだ。しかし、関都は気付いてしまう。

 関都は驚いたように補助輪を指さした。


「おい!お前、補助輪を付けているのか?」

「やっぱり、変…かしら?」


 慈美子は結婚相談所で自分の低い年収を答える中年のように不安そうに尋ねた。

 しかし、関都は最初こそ驚いたものの補助輪を馬鹿にする態度は取らなった。


「別に卑下する事はない。補助輪を付けていても別に卑屈になる事はない。それがお前の個性なんだから」


 関都は、受験で落ちた中学生を慰めるように、優しく慈美子を励ました。慈美子はサンタに褒められた赤鼻のトナカイのように喜んだ。


「でもやっぱり補助輪はいつかは卒業した方が良いかしら?」

「そんなことはないよ。補助輪付き自転車が何かに劣っているという事はない。一生付けたままでも、全くおかしくないよ」

「そうよね!ありがとう!関都くん!」

「僕がこんな金ぴかな自転車に乗っているのも個性だしな」


 そう言うと慈美子と関都はそれぞれ個性的な自転車に誇らしげ乗り、一緒に自宅に帰って行くのであった。


「今日はとっても楽しかったね!明日はも~っと楽しくなるよね!」


 日課の日記を付けて慈美子の1日は静かに幕を下ろすのであった。

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