3 大学に入学した杏の所に、柴嵜陽介が訪ねて来る

 大学に入学して初めての夏休みに、東京にいる杏を柴嵜しばさき陽介が訪ねて来た。杏はもうすっかりと別れたつもりだったが、陽介はまだ杏の事を忘れられずにいた。二人は懐かしさも手伝って、再会を喜び合った。

「杏は京都の大学に来るかと期待してたのに、何で東京なの?」

「今の大学が第1志望だったし、陽介に迷惑だと思っていたの。」

 杏は本当の事は語らず、彼を傷付けない様に気を遣っていた。

 食事をしながら二人は、1年前の京都での出来事を思い返していた。二人にとってはお互いに初めての相手であって、忘れようにも忘れられない関係であった。二人の気持が再び通じ合い、二人だけの時間を過ごしたいと思うのに、それほど時間は掛からなかった。東京の街には、恋人たちの欲求を満足させる場所はいくらでもあった。


 渋谷の道玄坂のホテルに入った二人は、久し振りに愛を確かめ合った。しかし、杏は一つの疑いを彼に向けていた。京都では大変な思いをして結ばれたのに、今日の彼の行為は別人のようだった。女の体を手馴れて扱い、行為の最中の言葉は、女を喜ばせるために用意された甘いささやきだった。杏は2回目の行いにやはり緊張して、喜びは感じなかったが、逆に彼に対する疑惑が持ち上がった。

「陽介さんは、京都に彼女ができたでしょ!あれから1年だもの、彼女がいても不思議じゃないよね。」と彼女は疑問をぶつけた。

「そんな訳ないよ。いたならば、こうして杏に会いに来たりしないよ。」と彼は準備してきた言葉を発したが、内心はドキドキしていた。

「そうなんだ!それにしては随分慣れているみたいだし、手際が良かったよね。どこで覚えたの?良く知らないけど、そういう所に勉強に行ったの?」

「どうして疑うのさ。僕が好きなのは杏だけだから、もう1度抱きたかったんだよ。」

 杏は彼の言葉に嘘があると、女の直感が働いて鎌をかけてみた。

「じゃあ、さっき耳元で言っていたのは誰の名前かしら?私を抱きながら、京都の彼女の事を思い出していたんでしょ!」

「うーん。ごめんなさい!でも杏の事が好きだから、こうして…。」

 言い終わらない内に、杏は服を身に着け、陽介の言い訳を遠くに聞きながら、一人で部屋を出て行った。人でいっぱいの渋谷の街を、後悔の念に駆られながら急ぎ足で通り過ぎた。その後もしつこくメールが来たが、無視し続けた。

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