第49話


 拓人にも証人欄を書いて押印してもらう。


 婚姻届の完成だ!


 孝寿と2人、家を出た。


「あー、これ出したら本当に結婚しちゃうんだ。なんか緊張してきた……」


「また赤信号無視しようとすんなよ。危なっかしーんだから」


「ねえ……本当にいいの? 私、孝寿よりだいぶ年上だし、年々若さが失われるのよ?」


「何気に気にしてたのかよ! いいに決まってんだろ? 急に年の差が開いた訳じゃねーんだから。最初っから分かってることだよ」


 ……そっか……たしかに、初めて会った時も今も、年の差は変わらないんだ。そりゃ年が近くなることもないけど、これ以上開くこともないんだ。


「あー、さみー」


「そんな薄着で来るからよ。来週には12月に入るんだもん」


「この1年、早かったなー。しょっちゅう杏紗ちゃんに会えて、幸せだったよ」


 と、孝寿が前を向いたまま笑っている。たまーにこんなかわいいことを言われると、キューンと胸にきてしまう。


 なんか、また背が伸びたんじゃないかしら。もう止まってもいい年なのに。孝寿の顔を見上げる。


 横顔だからかしら? 少しだけ男っぽい顔立ちになってきた気がする……。


「赤だよ! 杏紗ちゃん!」


 孝寿に抱き止められる。あ、またボーッとしちゃってたな。危な!


「本当に手のかかるお嫁さんだな、もー」


「ごめん……」


「俺がしっかり見てやらねーとな」


 孝寿の顔を見る。孝寿はまっすぐ前を向いている。私に言ったんじゃないのかしら……。


 区役所までは遠い。まだ歩く。


「ねえ、18歳になったんだから、車の免許取らないの?」


「それなー。冬休みに合宿で取ろうかと思ってる。2週間くらいで取れるみたいでさ」


「合宿?」


「そう、泊まり込みで集中して免許取るの」


「泊まり込み?! 2週間も帰って来ないってこと?」


「ダメなの?」


「ダメだよー。寂しいー」


「じゃあやめるー。コツコツ教習所通うー。合宿から帰ったらマンション消えてそうだしー」


「もう私秒で消しちゃうんだからー」


「マジでやめてー」


「私も教習所一緒に通おうかな? そしたらさ、同じ教室で授業受けたりできるのかしら?」


 こんなに年の差があっても、同級生気分が味わえるかも!


 孝寿が立ち止まった。


「杏紗ちゃん、よく聞いて。車って便利なだけじゃないんだ。人を殺してしまうかもしれない、凶器にもなり得るんだよ」


「……私18歳になって免許取りたいって言った時親にも猛反対されたんだけど、私ってそんなに信用ないの?」


「信用とか言う話じゃないの。人の命がかかってるんだよ。むしろ親御さんグッジョブだよ。さすが、分かってらっしゃる」


 ……やっぱり私が運転したら人を殺めると信用されてるんじゃないかしら。


「あ! 区役所見えたよ、杏紗ちゃん。俺達、夫婦になるんだ」


「いい夫婦の日に……」


「俺の18歳の誕生日に、いい夫婦になるんだ」






「いい夫婦の日だからかな? 混んでたねー」


「俺の誕生日に勝手に入籍するなっつーの」


 2人して笑い合う。私達もう、新婚さんなんだ!!


「でも、あの証人欄やっぱり変じゃない? なんか、職員さん首傾げてたような気がするんだけど」


「いーじゃん、受理されたんだから」


「直くんはまだ分かるけど、どうして拓人を呼んだの?」


 孝寿が笑って私を見た。


「もちろん、俺が安心して結婚生活を送るためだよ」


 今度は私が首を傾げる。


「拓人なんて関わらない方が安心じゃない?」


「俺の奥さん、誰にでも寄り添っちゃうんだよねー。自分から俺にプロポーズしたくせに、数分後には直の気持ちに寄り添って悲しい顔したり」


「……え……」


「かと思ったら、直の浮気相手が嵯峨根だって分かったら今度は嵯峨根に寄り添って良かったなって顔したり、超フワフワしてんだよ。いつ可哀想だって言い出してあっちに行っちゃうか分かったもんじゃない」


「でも、拓人のことはかっこ悪いとしか思ってなかったよ」


「いや、俺の奥さん強引に迫られると弱いんだわ。すーぐ流されそうになるからね。あのお兄さん、強引そうだからな。杏紗ちゃんをガードするより、あのお兄さんを俺に惚れさせた方が早いし安心だろ」


「誰にでも流される訳じゃないわよ!」


 孝寿が立ち止まって、久々に見る悪い笑顔で私を見た。


「へえ、俺にはあんなに簡単に流されそうになってたのに。かなり前から俺のこと好きだったんだ?」


 ……何も言えなくなってしまった。


「大人しくオレヤリ使ってりゃ良かったのに、全く手間かけさせやがるな、俺の奥さんは」


 でも孝寿だって、自分のためだって言いながら、人のために奔走してたんじゃないかしら。


 孝寿のおかげで私も、職場でも実家でも肩身の狭い思いをしなくていいどころか盛大に祝ってもらえたんだもの。


「それに俺、あのお兄さんにちょっと感謝もしてんだよ」


「感謝?」


「お兄さんがどクズなおかげで、杏紗ちゃんが俺の魅力に気付いてくれたんだから。どクズでありがとうって」


 ……絶対、拓人のこと馬鹿にしてるな、この子。


「案外、杏紗ちゃんのこと本当に好きだったっぽいし。杏紗ちゃんに嫌われたままじゃ可哀想だろ」


 ……私も少し感じてた。浮気なんかする男は私のことなんて好きじゃないんだと思ってたけど、別れてからかなり時間経ってるのにまだ孝寿に蹴られながらも必死に私に訴えかけてきた時に……。


「ほら、すぐ寄り添う」


「えっ」


「俺の奥さんは、俺だけを見てくれないから周りの男を俺に惚れさせるしかねーんだよ」


「そんなことないよ! 私―――」


 孝寿が立ち止まった。私もつられて立ち止まる。


「俺しか見ないって約束できるの?」


 真剣な顔で、私を見てくる……。


「……できる!」


「約束だよ」


 孝寿が笑って大きな手で私の頭をポンポンとして、また歩き出した。


「孝寿こそ、約束すれば守ってくれるんだよね? 私、絶対私を1番に好きでいてほしいし、超絶甘やかされたい。年下だからって遠慮しないからね。私を甘やかしてかわいがって、一生幸せにして」


 孝寿が呆れたような笑顔で私を見る。


「杏紗ちゃんがメンタルお子ちゃまなのはよく分かってるよ」


「なに年上に向かってお子ちゃま呼ばわりしてるのよ」


「年下だからって遠慮しねーんじゃなかったのかよ。俺に甘やかされたいんだろ」


「されたい!」


 孝寿に抱きつく。孝寿になら、矛盾したことだろうが大人としてどうなのな発言だろうが心置きなく言える。


 不意に立ち止まった孝寿が力強く抱きしめて、道端だと言うのに、キスをする。


「超やりたくなった。早く帰ろ!」


「え! 家にみんないるよ! お祝いの用意してくれてるよ!」


「みんないてもいい。俺気にしない」


「私は気にする!」


 結婚しても18歳になっても、めちゃくちゃなこと言うのは変わらないな。


 孝寿はめちゃくちゃだけど、私との約束は絶対に守る。


 たとえ、私がとっくに忘れ去った約束であっても。


 孝寿なら、心から信じられる。


 孝寿は絶対、一生私を幸せにしてくれる。もちろん、私も一生孝寿だけを見て生きていく。


 私達は孝寿の18歳の誕生日に、いい夫婦の日に、いい夫婦になったんだもの。


 私達は2人で、幸せになるんだ。

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