第46話 純愛

「ママ、いいって?」


「うん」


 孝寿がスマホをテーブルに置く。着替えなんて持って来てないから、孝寿はお風呂上がりに拓人の部屋着を着ている。ちょっとブカブカで、かわいい!


「……うちに泊まるって言ったの?」


「いや、今日は友達んちに泊まるって言った」


 そっか。ちょっとホッとした。


「そういや、孝寿うちの親に何言ったの?」


「あ、バレた?」


「バレたわよ! 直くんのバイト先のオーナーが私のおばあちゃんに彼氏がいるって話したみたいで、親にも伝わって私超怒られたんだから!」


「おばあちゃん? そんな繋がりがあるんなら言ってもらわねーとー。まだ固めるとこ残ってたんだ」


 え? もう固め尽くしてたの?


「早くベッド行こうよー。風呂上がりの杏紗ちゃん半端ないんだけどー」


 ダイニングテーブルの椅子に座ってスキンケアをする私の背中に、孝寿が覆いかぶさってくる。


 ……な……なんか、彼氏となったら急に甘えてくるな、孝寿……。私、年下の男の子に甘えられるのがツボなのかしら。超ドキドキする。


「終わった?」


「え? う……うん。わっ」


「よし! ベッドへゴー!」


 孝寿がお姫様抱っこで私をベッドへと運ぶ。


「このベッドでやるの、何人目?」


「3人目!」


「ひでーな、マジで! このナチュラルボーンビッチさんは!」


「しかもさ、このベッド私が買ったんじゃないの。拓人が実家から持って来たベッドなの。ひどくない?」


「ひでーよ!」


 ベッドでまで、こんなに自然体でいられたことなんてなかったかも。カッコつける場所だと思ってた。


「俺の自慢の筋肉を見せてやろう」


「えー、何、恒例行事なの? 自慢の筋肉見せてからやるルーティーンなの?」


「ちげーよ。俺、服脱いだことねーもん。女に裸見せたことない」


「嘘だー。散々やっといて」


「下だけ脱いでた」


「うわ、最悪なプレイスタイルね」


「プレイスタイル言い出す奴に言われたくねーわ」


 孝寿がシャツを脱ぐ。


「すごい筋肉! これは自慢だわ」


 女の子みたいな顔でこの筋肉って、違和感がすごい!


「あ、そうだ」


 孝寿の前髪を後ろに流す。


「こっちの顔の方が合うよ」


「いや、俺顔2つあるみたいになってんだけど」


 あ、ヤバい。男の子の方の顔でこの筋肉見せ付けられるとか、超絶ヤバい。


「杏紗ちゃんも脱がせていい?」


「え? わざわざ聞かないでよ! 恥ずかしくてヤダとしか言えないじゃん。スマートに脱がせてよ」


「スマートには自信ねえな。俺、脱がせたこともねーもん」


「え? 裸の女転がしてたじゃない」


「自分で脱がせてたからなー。杏紗ちゃん以外の女になるべく触りたくねえしさー」


「……え……そうだったの?」


 孝寿が真面目な顔で私を見た。


「俺、全部杏紗ちゃんが初めてがいい。他の女なんか知りたくない」


「え? まさか、孝寿の裸を初めて見せる相手を私にするために、脱がなかったの?」


「そう」


「孝寿が初めて脱がせる女を私にするために、自分で脱がせてたの?」


「そう」


 ……え……そんな小さな初めてまで、私のために取っておいたの?


「そこまでするなら、他の女とやらなきゃいいじゃん!」


「そこまでしてもやりたいのが男の性だよねー」


 何が男の性よ。一瞬、純愛を貫いたのかのように思えちゃったわよ。




 暗がりの中、急に孝寿が私の顔をじっと見た。


「……あー、杏紗ちゃんだ……長かったー、3歳から今日まで……」


「……え……こんな真っ最中に普通にしゃべりだされたの、初めてなんだけど」


「俺も、こんな真っ最中にビッチ発言されたの初めて。杏紗ちゃん何人とやってんだよ」


「人数関係ない話よ!」


「……あー、本物の杏紗ちゃんだ……これが杏紗ちゃんならって、いつも思ってた……俺は、ついに杏紗ちゃんにたどり着いたんだ……」


 なんか、感慨にふけっちゃったみたい……。孝寿の中では私、桃源郷か何かだったのかしら。


「3歳からって……3歳でこんなことしたいと思ってた訳じゃないでしょ」


「思ってた」


「どれだけマセてるのよ」


「俺は3歳で惚れた女にチューしてプロポーズした男だぞ」


「そうだったわね」


 孝寿がギュッと力を込めて抱きしめてくる。


「あー、終わりたくない。ずっとこうしてたい」


「終わりそうなの?」


「ちょっとでも動いたら終わる」


「ふーん」


「動くなっての! マジでやめて」


「ねえ、孝寿」


「ん?」


 孝寿が私の顔を見る。かわいいな、孝寿……思わず、微笑んだ。


「私とも、1度きりのつもりなの?」


「……あ、そっか。杏紗ちゃんだ。俺のスタンダードだ」


 孝寿がこんなにも、私のことを思ってくれていただなんて、思ってもみなかった。なんなら、ただの悪ガキだと思ってた。


 こんなに、愛情深い子だったなんて……。


 高校生だから、年下過ぎるから、親戚だからって私が踏み出せなかった理由なんて、いつか孝寿が言ってたように些細なことだったのかもしれない。そうだ、あの時も、孝寿は笑ってたな。




 朝、なんか視線を感じて目が覚めた。……なんだろう……?


「おはよう、杏紗ちゃん」


 孝寿が微笑んで私を見ていた。


「……やだな……寝顔見てたの?」


「見てた。起こしたら悪いから、起きるの待ってた」


 と、力いっぱい抱きしめてくる。朝から力強いなあ。


「写メ撮ったりはしてないよね?」


「写メ? 撮ってねーよ。撮っとけば良かった! 杏紗ちゃんのセクシーショット」


「絶対やめてよ! スマホ水没させるからね!」


「直に復元してもらうからいいよー」


 ……復元、できちゃいそうだな。


「杏紗ちゃんが嫌なら、やらない」


「約束よ」


「うん、分かった」


 これで安心だ。


「あ、もう1つ。絶対に浮気しないでね」


「それは分かってるよ」


「ダメ、約束して」


「絶対に、浮気しません」


「約束よ。不倫もダメよ」


「分かってるよ。これは不倫だからセーフだろ、とか言わねーよ。あ、俺言いそうかも」


「絶対ダメだからね! 浮気不倫それらに類する行為は禁止だからね!」


「分かってるよ。俺、一生杏紗ちゃんだけがいい。他の女なんかいらない。約束する」


 嬉しい……。絶対的に愛されてる安心感。


 私も、力いっぱい孝寿を抱きしめた。

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