第42話 知らない世界へ
「杏紗ちゃん、俺の最後の試合、見に来てよ。うちの学校でやるからさ」
「あ、もう最後なんだ?」
「夏の大会も終わったし、次の試合で引退だよ」
「そっかー。寂しいでしょ」
「寂しいけど、勉強しないとな。俺やっぱり聖天坂大学行くよ」
「決めたの? 経済学部」
「経営学部だな。社長になるなら経営学を学んだ方が良さそう」
ちゃんと自分で気付いたんだ。偉いな、若者よ。
「何より、聖大サッカー強いんだよ」
やっぱりサッカーか。この子高校受験の時といい、サッカーでしか進路決めてないんじゃないかしら。
今日は日曜日だ。早めにご飯を食べて、私と直くんがソファに座り、その前で孝寿が床にあぐらをかいている。
「日曜日なら試合見に行けるけど、平日は厳しいよ。夏期講習で私平日も授業あるの」
「夏休みも勉強かよ。小学生も大変だな」
「夏休みが正念場だからね。6年生なんて、この前勉強マラソンで朝9時から夜9時まで勉強してたんだから」
「うわー。12時間も勉強なんてやってられねー」
「12時間もやらないわよ。お昼と夜に休憩もあるし。10時間くらいかな」
「十分やってられねー」
うん、私も同感。めっちゃ頑張ってるわ、小学生達。
「ねー。日曜日だけどさ、直も来れそうだったら来てよ。俺の高校最後の試合」
高校最後、か……。あと何ヶ月かで、孝寿は高校生ではなくなる。
……でも、年の差は縮まらないし、親戚であることも変わらない。何も変わらないな。この秋に孝寿と結婚なんて、有り得ないな。
「何時から?」
「たしか10時くらいに開始。午前中で終わるよ」
「オーナーに相談してみるよ。多分2~3時間くらいならオーナーが代わりに入ってくれると思う」
「やったあ! ありがとう、直」
と、孝寿が笑顔で直くんの足にじゃれついている。直くんには本当にかわいいな、孝寿。
「かわいいなー、孝寿ー」
直くんが嬉しそうに孝寿の頭をなでる。何、この禁断の世界に入り込んでしまいそうな雰囲気。
翌日曜日、直くんと孝寿の高校に行く。
「高校に入るなんて、卒業以来だわ。なんか新鮮!」
部外者なのに入っていいのかしら? って気持ちにもなる。
「グラウンドどっちだろ?」
「さあ?」
「あ! 須藤さん!」
瑚子ちゃんが走って来る。私もいますけど?
「おはようございます! 泉先輩が、須藤さんをご案内しろって……」
まーた瑚子ちゃんと直くんとの時間を作らせるつもり? 孝寿……。
「あー、ありがとう。グラウンドどっちだろってちょうど言ってたんだよ」
「おはよう、瑚子ちゃん。案内ありがとう」
瑚子ちゃんと直くんの間に割って入る。
「本当にメンタルお子ちゃまなんだな」
「孝寿が言ってたの?」
「言ってた。大人が相手だと思わねーようにって」
あのやろ……。
グラウンドがすごく広く感じる。うちの高校もこれくらい広かったのかしら。
ユニフォームを着た生徒達がたくさんいる。赤いユニフォームと青いユニフォームだけど、どっちが孝寿の高校なんだろう。
「孝寿、どこだろうね?」
「赤かな? 青かな?」
「混ざってるしね。敵チームとも仲良いのかな」
「泉先輩は赤いユニフォームです」
赤か……。
「あ! いた! ベンチだわ」
前にも見た背の高いカップル達数人とワイワイ騒いでいる。何言ってるかまでは分からないけど、大声でしゃべってるみたいで声は聞こえる。
孝寿、結構友達いるんだ。ちょっと安心した。学校で浮いてるんじゃないかとも思ったけど、ああして友達とはしゃいでると普通に高校生だわ。
孝寿がベンチから出て来た。私達に気付いて、笑顔で手を振っている。私も手を振り返す。
「1回集まってー」
と部員達に孝寿が声を掛けると、グラウンドに散り散りにいた部員が集まった。
「孝寿が仕切ってるの?」
「部長だからな、泉先輩」
「部長だったの?! へー、孝寿サッカーうまいんだ?」
「え? 知らねーの?」
「知らない。バカみたいにサッカーが好きなのは知ってるけど」
試合が始まった。
うわー、本当だ。孝寿とあの背の高いカップルの男の子が飛び抜けてうまい。私サッカーなんてほぼ知らないけど、見てておもしろい。
「すげー、孝寿」
と、直くんも興奮気味に試合を見ている。
「あ! 孝寿がシュートした!」
「おー! すげー!」
一生懸命走って、ボール蹴って、指示出したりもして、いつもの孝寿とはまるで顔つきが違う。完全に男の子の顔をしてる。
スポーツ少年、かっこいい!
孝寿にはまだ、私の知らない顔があるのかもしれない。
孝寿の高校最後の試合は、快勝だった。試合終了と同時に、部員達と抱き合うのを見てると、なんか泣きそうになった。
ずっと、部活頑張ってたんだろうな……。サッカー部入るためにこの高校に入学したんだもの。部長にまでなるくらい、真面目に頑張ってたんだな。
「青春だなー、孝寿」
「うん、いいもの見せてもらった気分」
直くんも清々しい顔でサッカー少年達を見ている。その直くんを、私を通り越して嬉しそうに瑚子ちゃんが見ている。
「孝寿達、お昼ごはんどうするんだろ? オーナーはお昼食べて来ていいって言ってたんだけど、あの様子じゃ部員達と食べるのかな」
「そうなんじゃない? きっと。最後の試合の後だし、これで引退らしいから部員達で過ごすんじゃないかしら」
「あ、泉先輩とお昼食べるなら、私も!」
「ええー私やだー」
あ、部員達が数人こちらに走って来る。瑚子ちゃんを取り囲んで、
「嵯峨根さんも一緒にごはん食べに行こうよ!」
と口々に誘っている。
「私サッカー部じゃないんだけど」
「いいって! 泉先輩も友達連れて来るらしいから!」
「ええー。須藤さん……」
「俺らのことは気にしなくていいよ。行ってらっしゃい」
直くんが笑顔で手を振る。
「さすが、モテるわねー。羨ましー」
私も笑顔で手を振る。瑚子ちゃんがめっちゃ睨みつけてくる。しーらない。
孝寿が走って来た。
「来てくれてありがとうね」
「孝寿サッカーあんなにうまかったのね、知らなかった!」
「おもしろかったよ。見応えあった!」
「反省点もいっぱいあるけどな。無駄に走らされちゃって、ヘロヘロだよ」
孝寿が笑って言う。へえ、気持ちのいい快勝だったのに、反省なんてするんだ。
「みんなで飯食いに行くんだけど、杏紗ちゃんと直も来いよ!」
「えーやだ、いいよ、高校生に囲まれるとか」
「俺も遠慮しとく。早くバイト入りたいし」
「なんでー? オーナーが代わりに入った分も直の時給に付けてくれるんだろ? 今日休んじゃえば?」
「そういう訳にいくかよ。結構迷惑かけてっから、恩返ししたいんだよ」
「良い奴だな、直。じゃあ、飯食ったら杏紗ちゃんち行くから、また後で!」
「うん」
孝寿が走ってみんなの元へと戻る。あ、瑚子ちゃんがまだ恨めしそうな顔でこっちを見てる。久々に怖!
高校を出て、とりあえずコンビニも自宅マンションもある駅の方向へ向かう。
「すぐバイト行くの?」
「たまには外食しよっか? なんか、やっすいもん」
「うん!」
直くんと外食なんて、珍しい!
小さな駅ビルのレストランフロアに行ってみる。
「杏紗、何食べたい?」
「家ではあんまり食べないようなのがいいなー。おなかすいたからガッツリ食べたい」
「カツ丼は? 作るの面倒だから家では作らないよ。そのままトンカツにする」
「カツ丼いいねー。あ、でも高くない?」
「いいんじゃない? たまの外食だし」
家計は直くんに任せている。私にお金の管理なんてできる気がしない。直くんがいいって言うなら、大丈夫なんだろうな。
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