第39話 チャレンジ

 ピンポーンとインターホンが鳴る。


「あ、もう孝寿来た! 行ってきまーす。遅くなりそうだったら連絡だけしてね」


「分かったー。行ってらっしゃい」


 お互いにキスをして靴を履き、ドアを開ける。


「久しぶり」


 と孝寿がキスしてくる。たしかに、4日くらい会ってないかな。


「久しぶりって程でもないけどね」


「会いたかったよー杏紗ちゃん」


 孝寿が抱きついてくる。


「そう言えば杏紗と孝寿って長らくほとんど会ってなかったとは思えないくらい、すっかり仲良くなったよね。親戚だからかな。俺の家ほとんど親戚付き合いないからなんか羨ましいよ」


 なるほど。ほとんど親戚付き合いがない家庭で育ったから、親戚同士でキスしたりハグするのをあっさり受け入れちゃうんだ。


「なんでそんなこと言うのー? 俺、直ともすっかり仲良くなったつもりだよ? 俺、直のことお兄ちゃんだと思ってるんだよ?」


「本当に孝寿はかわいいな。俺も孝寿のこと弟みたいに思ってるよ」


 孝寿が抱きついて、直くんが笑顔で受け止めている。


 ……私が身を引かないからって自分で直くん横取りしようってんじゃないでしょうね。


 でも、本当にいつの間にか兄弟みたいに仲良くなったな、この2人。私が帰るまで何時間も2人で過ごしてるんだもんな。


 そう言われると、たしかに私もいつの間にか孝寿と話す時は何も気遣わないで好き勝手しゃべってるな。楽なのよね。


 直くんには嫌われたくないから自己中なこと言ったり絶対しないけど、孝寿ならいいかって思うのよね。


 親戚だからかしら。いや、単純に好きな人じゃないからだわ。


「直、また手巻き寿司パーティなんだろ? 被っちゃったね」


「うちの親料理できないからね。具材揃えてみんな巻いてーって感じだよ」


「塾の先生達、直くんにも会いたがってたんだけど仕方ないね」


「謝っといてね。うちの両親だけじゃなくて幼なじみ達の親の都合まで合わせてくれたから行かない訳にいかなくて」


「親まで?! すげーな」


「まあ、3家族まとめて兄妹みたいに育てられたからなあ。うちは両親いるけど仕事忙しかったし、幼なじみは父子家庭と母子家庭だから面倒見れる大人が3人まとめて面倒見てくれてた感じ」


「濃いご近所さんだな」


「うん、まあまあ濃いかもしれねーな」


「でも、直くんの合格祝いに親御さんまで集まってくれるなんていいよね」


「うん、嬉しいよ」


「あ、杏紗ちゃん、そろそろ行かねーと」


 あ! すっかり話し込んじゃったな。


「行ってきます!」


「行ってらっしゃいー」


 家を出て、孝寿と塾へ向かう。


 今日は謝恩会だ! 生徒達の合格を存分に祝って、お互いに感謝の気持ちを伝え合って、いっぱい食べてゲームしたりして遊ぶ!


 直くんも招かれてたんだけど、ご両親とご近所のご家族との大学合格のお祝い会に行く。


 6年生とは、この謝恩会が最後になる子がほとんどだ。中学生になってもちょこちょこ来てくれる子もいるけど、ほとんどの子供達は新しい環境で新たな人間関係ができて、私達講師は生徒達の思い出になる。


 孝寿は初対面の生徒達ともすぐに打ち解けた。コミュ力半端ないな、この子。


 生徒達1人1人を、覚えていたい。みんなの楽しそうな顔を脳に焼き付けたい。


 去年はここまでの気持ちにはなれなかったな。でも、5年生から見てきたこの子達には、すごく愛着が湧いてしまっている。


「めっちゃ生徒達見てるね、杏紗ちゃん」


 夜6時に謝恩会が終わった。塾の自転車置き場に立って、生徒達が帰って行くのを見送る。


「うん……私にとっての1期生だからね」


「立派に巣立って行ったね」


「うん!」


 大きく環境が変わって、苦労することもあるかもしれない。でも、この子達なら大丈夫だ。大きなプレッシャーに打ち勝ったんだもの。


 もう誰一人の後ろ姿すら見えない。よし! 片付けよ!


 階段を上り、塾に入る。


「真中先生、帰るよー。中に荷物置きっ放しだよー」


「え?! 片付けは?」


「もう終わったよ。孝寿くんがほとんどやってくれた」


「え! 早!」


「本当に孝寿くんの方が真中先生よりしっかりしてるんじゃないの」


 返す言葉もありませんわ……。


 塾を出て、孝寿と並んで帰る。


「ごめんね、孝寿。ありがとう! 声掛けてくれたら良かったのに」


「生徒のこと、見えなくなるまで見ていたいかと思ったから」


 ……孝寿が現れてそんなに月日は経ってないのに、本当にこの子は私を見透かしてるな。それが嫌な時もあるけど、だから一緒にいても特に気遣いもいらないし楽なのかしら。




 直くんが大学生になると、生活リズムが多少は変わった。思ってたよりは変わらない。


 直くんは最大限バイトに入りたいから、とサークルにも入らず、新歓コンパにも行かず、この大学生活楽しいのかしら? と思ってしまうような生活を送っている。


「友達できた?」


「ううん。まず話す機会がないよ、高校の時と違って」


 まあ、イベントに参加してないからそうなるか。


「友達いなくていいの? 大学楽しい?」


「久々に受けると授業も楽しいよ。授業濃いし。杏紗も潜り込んでみる?」


 無茶言うなあ。楽しみがあるならいいんだけど。


「俺もやっぱり聖大第1志望にしよーかなー。高校と通学路変わんねーし」


 孝寿も高3になった。いよいよ進路を決めていかないといけない。


「孝寿の高校の奥のキャンパスは医学部と経済学部と経営学部しかねーよ。他の学部は超遠い山の中らしい」


「なんで街中と山ん中にキャンパス分けてんだよ」


「俺が知るかよ」


「経済学部って社長になるやつ?」


「社長になるやつもいる、くらいじゃね?」


「俺、経済学部行って社長になろうかなー」


 ……高校の時の彼氏が全く同じこと言って経済大学の経済学部行って、1年くらい経って違った、社長になるなら経営学部だったって転部できるか調べてたなあ……。


 でも、孝寿に教えない。自分で気付け、若者よ。




 日曜日の夕方、ダラダラとくつろいでいたら電話が鳴った。香凛かしら? あ、直くんだ。バイト終わったんだ。


「はーい」


「今買い物してるんだけど、今日孝寿来るかな? ミンチ安いから孝寿が来るならハンバーグにしようと思って。前に孝寿ハンバーグ好きだって言ってたから」


「まだ連絡ないよ? 分かんない」


「電話して聞いてくれる?」


「分かったー。聞いてかけ直すね」


 直くんと孝寿ってすっかり仲良くなったわりに、まだお互い連絡先知らないんだ? ほとんど家でしか会わないから必要ないのかしら。


 孝寿の電話にかけてみる。あ、出た。部活は終わってるのかしら。


「はい。どうしたの?」


「孝寿今日うち来るの? 直くんが孝寿が来るならハンバーグにするって。晩ごはん」


「ハンバーグ! 食いに行く!」


 子供だな、ハンバーグにこんなにテンション上がるなんて。


「どれくらいで来られそう?」


「なんやかんやで30分はかかるかな」


「ふーん。今、部活?」


「ううん。今女に服脱がせてるとこなんだよね。え、風呂入るの? ちゃっちゃとシャワーで済ませろよ。上がったらベッド行って寝とけ。じゃあ杏紗ちゃん、1時間もしない内に行くからー」


「ちょ! ちょっと待って! 孝寿またゴールデンリバーなの?!」


 この子、しょっちゅう行ってない?!


「そうだよ」


「だから、なんでゴールデンリバーで電話に出るのよ!!」


「言っただろ。俺が杏紗ちゃんからの電話に出ないわけねーじゃん。真っ最中だろうが直前だろうが出るに決まってるだろ」


「出なくていいから!!」


 電話を切った。あーもう、全く! なんなの、あの子!


「あ、直くん? 孝寿来るって。食べるって、ハンバーグ」


 と直くんに電話しながら、ふとイタズラ心が湧いてしまった。


 直くんへの電話を切り、また、孝寿に電話をかける。出るかしら?

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