第38話

 また2月になった。


 2月の末の真っ暗で寒い中を家へと急ぐ。


 直くんと暮らし始めてもう1年が過ぎた。なんか、あっという間だったな。


 直くん、合格してるかな。結果分かったらすぐ連絡しようか? って言われたけど、顔見て聞きたいからいいって言った。


「ただいま! どうだった?!」


 笑顔で直くんが玄関に来る。笑ってる!


「合格した」


「すごい!! おめでとう!!」


「ありがとう」


 直くんに抱きついて、思わずピョンピョン跳ねちゃう。直くん、すごい! 医学部に合格したのにこの程度のテンションなのもすごい!


「1次より盛大にお祝いしないとね! 孝寿に電話―――」


 コートからスマホを出した腕を、直くんが掴んだ。


「どうしたの?」


 直くんが微笑んで私を見ている。超かっこいいんだけど。


「今度は、2人で」


「え?」


「2人きりで、お祝いして?」


 かわいい!! 超絶かわいすぎ!!


「い……いいよ、分かった」


「やっぱり未成年がいると酒飲みづらいじゃん? 入試も終わったし、浴びるように飲みてー」


 そういう理由ね……。


「最近飲む量減らしてたもんね」


「もう減らさない!」


 合格より、好きにお酒飲めることの方が嬉しそうだな。




 日曜日。


「行ってきます」


「行ってらっしゃい」


 私が背伸びしてキスして、直くんがかがんでキスしてくる。


 ふふっ。1年以上もこんな甘々で見送るなんて。直くんは本当に、何も変わらないなあ。私はどうだろう。変わってない、はず。


 それにしても、直くんはどれだけ飲むつもりだろう。そして、どれだけ飲ませるつもりだろう。冷蔵庫はビールとチューハイで埋まり、日本酒や焼酎もたくさんある。黒糖焼酎って何かしら。甘いのかな。


 ワインとかウイスキーなんかは飲まないのかな。直くんのことだから、飲んだことないだけかしら。


 洗濯だけして、存分にくつろぐ。


 あー、中学受験も大学受験も終わって一段落だわ。


 4月からの新生活に不安はあるけど……。1年後には孝寿も聖大に行くようなこと言ってたし、なんとか1年何もなく過ごせればちょっと安心かな。まあ、そんな理由で孝寿に進路決めさせる訳にはいかないけど。


 経済面でも不安はある。田中オーナーは直くんが入れる時間最大限入れるって言ってくれたらしいけど、それでも確実に収入減るよね。フリーターから大学生になるんだから。


 でも、私も4月からは基本給微増するはずだし、4年生の土曜日に理科社会の授業やるようになって手当が付くらしいからお給料アップするはず! なんとかなるさ!


 お昼を食べて、ニュースアプリの通知見ようとしただけのはずなのに気が付いたら3時過ぎだった。


 ヤバ! 買い物行かないと!


 直くんは何でもいいって言ってたから、とりあえずオードブル的なお祝い感のあるものを買おう。


 あとは、お寿司好きなら海鮮が好きなのかもしれないからお刺身と、私パスタ好きだからパスタ。


 手巻き寿司も、お寿司が好きってよりかは思い出があるから食べたいって感じだったけど。好き嫌いはないから何でもいいか。


 あ! ケーキ! お祝いと言えばケーキだよね〜。スーパーのケーキでなく、ちょっと奮発してすぐ隣のケーキ屋さんのケーキを買う。


 お祝いの気持ちが伝わるラインナップになったかしら。




「合格おめでとう」


「ありがとう」


 チューハイで乾杯する。


 たくさん買い過ぎちゃって、コタツが満載になった。


「なんか、懐かしいな。この感じ」


「え?」


 ……あ、去年、初めて直くんを招いた夜と同じ位置に座って、同じようにチューハイで乾杯してる。


「覚えてるの? 酔ってたでしょ」


「あんまり覚えてない。でもなんか、懐かしいよ」


 直くんが微笑む。


 かっこいい―――……。この人を今独り占めできてるなんて、奇跡だわ。


「杏紗」


「ん?」


 直くんがチューハイを飲んだ……私の頭を自分の方に寄せて、口移ししてくる。


 いきなり、エロいんだけど!! 一気にドキドキしてきた。


 でも去年のあの時は、私の名前すら知らなかったんだよなー……。名前も知らないような女にすることじゃないよね?


「覚えてる?」


「……覚えてるよ! 私は酔ってなかったから!」


「あ、そうだっけ?」


 本当にろくに覚えてないんだなあ……。でも、これは覚えてたんだ……。


「杏紗」


「……何?」


 何も言わず、キスだけしてきた。


 ……酔ってなくても、こんなエロいの?!


 直くんは顔もかっこいいけど、色気がヤバい。お酒が入るともう何もしてなくても全部がエロい。瑚子ちゃんの前でお酒なんて飲ませられない。


 大学生になったら、飲む機会も多くなるかしら。現役合格だと同級生はまだ未成年だけど、医学部は二浪三浪当たり前って聞いたことある……。


「……ねえ……私、直くんが合格して嬉しいけど不安だよ。他の女の子にもこんなことするんじゃないかなって」


「他の女の子に? こんなことって?」


「……え……チューとか」


「なんで知らない女の子に俺チューするの?」


 ……逆に安心していいのかしら? たしかに直くん、チューしたいとかやりたいって欲は大きくなさそうかも?


「杏紗、これ美味しい」


 オードブルの多分チキンをお箸で摘んで私の口に入れる。


「ん! 美味しい!」


「似た味のレシピあるかな?」


「直くん、作ってくれるの?」


「レシピがあれば作れるんだけどなー」


 コタツの角に直くんも私も寄ってる。直くんの胸元に頭をつけて直くんのスマホを覗き込む。


「んー、どう検索したら近い味のレシピ出てくるかなー」


「ガーリックとか? ガーリック感ない?」


 あ、ガーリック感強いの美味しく食べちゃったな。直くん飲む気満々だから、やる気も満々かと思ってたのに。


 直くんも私も、ガッツリお酒を飲んだ。お祝いだもの。なんなら、直くんと出会ってから1番飲んだくらい、私も飲んだ。


 私、お酒強くはない。飲めるけど、強くはない。


「あ、ケーキあるんだった」


「ケーキ?」


「うん! お祝いだからね〜」


 デザートのケーキを出す頃には、お互い立派な酔っ払いになった。


「あ、お皿とフォーク取ってくるの忘れた」


「いいよ、手づかみで。食べさせてよ」


 三角のケーキを箱から鷲掴みして取り出す。フィルムを取って、


「はい、どうぞ」


 と口元に持っていく。


 直くんがケーキをかじる。なんでこの人はただケーキを食べるだけでエロいのかしら。


「あ」


 私もケーキを食べようと箱から出そうとして、指にクリームが付いてしまった。


「クリームが美味しいのに」


 と、直くんが私の指をくわえて舐め取ってしまった。


「美味しい」


「私のクリームじゃん!」


 直くんが笑ってる。


 いや、エロ過ぎる! 舌の触感が指に残ってドキドキする。


「はい、どうぞ」


 と、直くんがケーキを差し出してくれている。直くんの手のケーキを食べるだけでもうドキドキしっぱなしになった。


 少しはドキッとするかしら? そう思って、最後直くんの指をくわえてやり返した。


「美味しかった?」


「うん、美味しかった」


 見た目にはドキッとしたかどうかなんて分からないな……。


 いつもは直くんが片付けまでしてくれるけど、今日は直くんのお祝いだから私がやることにした。


 と言ってもほとんど洗い物もないし、残り物をラップして冷蔵庫に入れるくらいだ。


「俺もう寝るねー」


「うん、おやすみー」


 直くんがベッドに行ってから、歯磨きと洗顔のためにフラフラと洗面所に行く。眠……。


 何とかスキンケアをして、直くんの眠るベッドに入った。酔ってる勢いで、直くんに抱きつく。


「はい」


 と、直くんが返事のように言った。私は何も言ってませんけど?


 私を待っていたかのように、キスしながら体を触る。


「え、起きてたの?」


「寝てたよ……目が覚めた」


 寝てたのに、私がベッドに入ったら目が覚めたんだ? なんか、嬉しい……。

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