第36話 祝

 奇しくも、国立中学受験組の最後の合格発表の日と、直くんの大学受験の日が同じだった。


 違う日なら、休み取って直くんについて行ったのに!


 きっと、大丈夫。直くんなら、受かる!


 受かったら受かったで不安だけど、でもきっと受かる!


 医学部だけは、1次試験と2次試験があるらしい。1次に合格しても、油断はできないんだよなあ。


「おはようございます!」


「おはよう、真中先生! 3人とも合格したよ!」


 と、堀先生が嬉しい報告をしてくれた。


「本当ですか?! すごい! ええ、3人とも?!」


 すごい! 正直、柚子ちゃんは厳しいかもしれないと思ってたのに!


「孝寿くんのおかげだよー。お礼言っといてね!」


「孝寿?!」


 なんで、孝寿の名前が?!


「聞いてないの? 孝寿くんの知り合いの天才に予想問題作ってもらったって持って来てくれて。これがまー大当たりだよ! 時事問題なんか完璧! おかげで落ち着いて解けたって3人とも言ってたよ」


 知り合いの天才って……直くん?!


 あの2人、私の知らない所でそんなことしてたの?!


「謝恩会、よかったら孝寿くんとその天才にも来てもらってよ」


「え……あ、はい」


 3人の祝合格を印刷する。ああ、これで今年の祝合格の印刷も最後か……感慨深い。みんな、頑張ったなあ。祝!全員合格! 楽しい謝恩会になりそうだよ!



 家に帰ると、直くんに抱きついてすぐさま報告した。


「全員合格!」


「お! よかったね!」


「直くん、予想問題なんて作ってくれたの?」


「孝寿に頼まれてね。塾から借りてきたって過去問渡されて。たしかに、毎年傾向がバラバラで対策の難しそうな学校だよね」


「ありがとう! 大当たりだったって! さすが直くんだよー」


「よかったー。頑張った甲斐があったよ」


「なんで内緒にしてたの?」


「孝寿がサプライズにしたいからって」


「そうなんだ? 今日、孝寿来てないの?」


「来てないよ」


「直くんは? 試験どうだった?」


「ある程度の自信はあるかな」


「そうなんだ……」


 すごいな。バイトも休まずに4教科×5年分の過去問を分析して予想問題作って、更に自分の受験勉強までしっかりできるなんて。本当に、直くんの頭の中はどうなってるんだろう。マジで見てみたい。


 孝寿にも報告しよ。お礼も言いたいし!


 電話を掛ける。


「はい。どうだった?」


「全員合格だよ!」


「やったじゃんー」


「孝寿、予想問題なんて作ってくれてたの?」


「俺は作れねーよ。頼んだだけ」


「ありがとう! 大当たりだったって! なんでサプライズだったの? 教えてくれたら良かったのに!」


「直の試験も近いから、言ったら杏紗ちゃん直の勉強時間減るの気にするかと思って。それくらいやっても直なら絶対合格するのにさ。2次は読めねーけど、1次は絶対合格するよ。お祝いの計画立てとけよ」


 孝寿……。


 あ、なんか、絶対合格する気がしてきた。ありがとう、孝寿……


 ……ん? なんか、女の喘ぎ声のようなものが聞こえる。


「孝寿、大人のDVDでも観てるの?」


「大人の女がいるの。あ、声うるさい? 手ぇ離せないからスピーカーにしてたんだけど切り替えるわ。中断ねー」


「ええー」


 と、大人の女の声がした……。


 え?! 何を中断?!


「孝寿まさか、ゴールデンリバーに」


「いるよ」


「真っ最中なの?! なんで真っ最中に電話に出るのよ!!」


「俺が杏紗ちゃんからの電話に出ないわけねーだろ。授業中だろうと真っ最中だろうと出るぜ」


「出なくていいから! あと今日は来ないで!!」


「えー、せっかく杏紗ちゃんが帰ったらすぐ行けるように近くにしたのに」


「来ないで!!」


 電話を切った。


「どうしたの? 大声出して」


「……な……なんでもない……」


 めちゃくちゃある!! 何考えてんの? あの子!!





 ピンポーンと、インターホンが鳴る。


「いらっしゃい」


「おじゃましまーす」


「……おじゃまします」


 孝寿と瑚子ちゃんが入ってくる。


「なんで、俺がコイツ迎えに行かないといけねーの?」


「……男のマナーよ」


 なんか、孝寿と2人きりになりたくない。


 平日は孝寿が来てても私が帰る頃には直くんがいる。でも、日曜日は……。


 しかも、今日は直くんの1次試験合格祝いだ。孝寿の言動に惑わされたくない。直くんのことだけ、考えたい。


「ごはんは直くんが炊いていってくれてるから」


「嵯峨根、寿司飯の作り方マスターしてるな?」


「毎晩寿司飯作ってるから、大丈夫!」


「……その寿司飯、誰が食べてるの?」


「親」


 親御さん、かわいそう!


 孝寿と瑚子ちゃんが炊飯器開けてなんやかんややってる。


 私はボーッと、リビングのソファに三角座りをする……。


 孝寿、見たくない。あの、大人の女の喘ぎ声が耳に戻ってくるみたい。そんなもん、私忘れたい。


「お前、何も買い物してねーじゃん!!」


「お前? 嵯峨根、お前っつった?」


「……お姉さん!!」


 買い物? あー、なんか、色々買って来てって言われてたな……忘れてた。


「2人で買って来てよ」


 財布を投げる。自分でも分かる。やさぐれてんな、私。


「どーしたんだよ、お前。……お姉さん」


「どーもしない。何もしたくないの」


「須藤さんのお祝いなのに?」


「まだ分かんないもん。2次試験あるもん」


「2次試験ってそんなに難しいのかよ?」


「知らない。小論文と面接だって」


「しょうろんぶんってそんな難しいのかよ?」


「私そこまでのバカとは話しない」


「お前いい加減にしろよ!!」


「嵯峨根、お前っつった?」


「……お姉さん」


「嵯峨根、お前買って来い」


「孝寿も行きなよ」


「嵯峨根、行け!」


 瑚子ちゃんが買い物に行ってしまった。……直くん、帰って来て―――


「杏紗ちゃん、さすがに態度おかしすぎるだろ」


 ソファの隣に孝寿が座る。


「別に」


「何だそれ」


「別に……」


 そりゃ私だって、このむしゃくしゃする気持ちの原因に気付いてなくもない。


 リアルな女の声を聞いてしまったからだ。話に聞くだけとはまるで気持ちが違う。孝寿が何してたのか想像しそうになってしまう。


「杏紗ちゃん」


 孝寿が私の肩に触れようとした。


「触んないでよ!」


 直くんがいれば、私は帰宅した時に孝寿が当たり前にしてしまったキスもしてた。でも、直くんがいないと肩に触れられることも嫌だ。


「なんで?」


 孝寿が悲しげに目を伏せる。私、その顔苦手なの。


「嫌なんだもん。直くんがいないと、私孝寿に触られたくない」


「……何それ? 直がいれば触られても平気なの?」


「平気って言うか……知らない。分かんない」


「……お子ちゃまはこれだから厄介だな」


「誰がお子ちゃまよ。高校生のくせに」


「やっぱり杏紗ちゃんはおもしろいよ」


「私はおもしろくないよ」


 ……今は、何もハッタリじゃない。わざとじゃない。


 私はどうしたいのかしら。孝寿に何を言われれば気が済むのかしら。


 いっそ、私も訳が分からない私をおもしろがればいいのかしら。

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