第35話
「直が大学合格したらさ、嵯峨根も呼んでお祝いしよーよ! 合格するだろ?」
「なんで俺の合格祝い? 普通にごはんに呼んだら?」
「それじゃ来ねーんだよ。まだド下手なんだと」
「え?」
「いや、祝いたいんだよ、直のこと」
「ありがとう。……なんでお客さんまで?」
直くんがごはんを作ってくれている。その前で、私と孝寿はダイニングテーブルに座って話している。
直くんにとっては、瑚子ちゃんの存在はお客さんでしかないみたいだな。
そう言えば、前に高1じゃあなーみたいなこと言ってたもんな。本当に年下に興味ないのかも。
「塾の子はみんな合格したの?」
「A日程では不合格だった子もいたけど、B日程で受験した学校に受かったりで、全員どこかには合格したよ。まだ国立組は分からないけど」
「国立は遅いんだ?」
「この辺りの子が受けられる国立中学は2校あるんだけど、1校は1次試験の結果は出たけど2次がまだなの。もう1校は再来週1次と2次の入試があって、うちの塾の今年度の中学受験シーズンは終わり」
「杏紗ちゃんもちょっとゆとりできるね」
「気持ち的にはかなりね。仕事的には新年度に向けて忙しいんだけど」
「ねー、直。聖天坂大学って教育学部あるの?」
「教育学部はたしか……ないな」
「ないかー。俺も聖大行こうかなって思ったんだけど」
教育学部? 本当に講師目指すのかしら?
「先生になりたいんなら、経営学部で社会の先生の資格取れたりはするみたいよ」
「へー。教育学部だけじゃないんだ?」
先生?! 孝寿が先生?! ……似合わないな。ホストの方がまだしっくりくる。
……でも、そっか、直くんも先生になるんだ。お医者さんの方の。
大学合格したら医者のタマゴか……まさか、フリーター拾ったら医者に化けるなんてびっくりだわ。
大学生になったら、ライフサイクルもかなり変わるかしら。バイトの時間が減るから、収入が減るのは確定よね。
サークル入ったり、キャンパスライフを楽しんだりするかしら。女友達とか、たくさんできて……浮気される未来しか見えないな、これ。
しまった! そこいらの女の手の届かない所へ直くんを置く前に、周りに女がうじゃうじゃいる大学へ行かなきゃいけないなんて! 私が大学生の時にこんなイケメンが同級生にいたら、絶対近付いて落としにかかる!
「何考えてんの? ニヤニヤしたと思ったら絶望な顔して。見てておもしろい」
「何もおもしろくないわよ!」
「俺が聖天坂大学行ったら直に近付いてきた女全員俺がかっさらおうか?」
何考えてるのか分かってるんじゃない。
「自分が女漁りたいだけじゃないの」
「だって大学生だよ? 漁り漁られるもんでしょ」
「直くんはそんなことしないわよ」
「直にその気がなくても周りの女はどうだろうね?」
……うーん。それが問題なのよねえ……。
「聖天坂大学はそこそこ難しいわよ。ちゃんと勉強してよ」
「直のこと見張ってほしいんなら、もっとちゃんと頼めよ。お願いしますって」
「調子乗ってんじゃないわよ!」
孝寿のおでこにデコピンしてやった。全く、すーぐ調子乗るんだから。
国立組の2次試験は、全滅だった。3人受けて、3人とも落ちてしまった。
ものすごくレベルの高い中学だから、仕方ない。仕方ないんだけど……。
「ただいま……」
「2次、ダメだったの?」
暗い顔で帰宅した私に直くんが聞いてくる。孝寿も奥の部屋から出てきた。
「うん……」
「生徒さん、悲しんでた?」
「それが、意外とケロッとしてて……3人とももう1校受けるからまだ大丈夫ーとか、元から受かると思ってなかったしーとか言ってたよ」
でもきっと、心の中は悲しいだろうし悔しいだろう。当たり前だ。あんなに勉強してきて、1次に受かって、いけるかもと期待を持たされて結果は不合格だなんて。努力した小学生にあんまりだ。
リビングでソファに座る。隣に直くんが座り、孝寿はその前に立っている。
「1人は私立で合格してるんだけど、2人は経済的に私立は無理だからって国立しか受けないの。学校の友達とも遊べずに勉強ばっかりで、あんなに真面目に頑張ってた子の努力が報われないなんて……」
いつになく、直くんも孝寿も真剣な顔で話を聞いてくれている。
うちの実家もお金ない方の家庭だった。私自身、小学校から高校まで公立で、大学も国立教育大に自宅から通った。
「杏紗がそんなに悲しんでどうするの? 杏紗が今心配しないといけないのは、生徒が自分の人生を悲観することじゃないかな? 人生経験の浅い小学生が不合格の現実を突きつけられるのはキツいと思うよ。周りの大人が全力でフォローしてあげないと」
私の髪をなでながら、優しく直くんが諭す。
「フォロー……どうしたらいいかな……」
「不合格で途切れた集中力と揺らいだ自信を取り戻せるようにって考えたらどうかな? 最後の受験で悔いを残さないために」
「杏紗ちゃん生徒の気持ちに寄り添うの、得意だろ。大丈夫だよ。その3人の性格もしっかり頭に入ってんだろ?」
「……あ……うん、入ってる」
「ゆっくり考えたらいいよ。俺ごはん作って来るね」
直くんが私の頭をポンポンとして、キッチンへ行く。空いた隣に孝寿が足を組んで偉そうに座った。
「全く……俺には散々不合格突きつけるくせに、生徒の不合格にはそんなに落ち込むんだな」
「え? 不合格? 私が?」
「そーだろ。俺は不合格、直は合格」
「いや、別にそんなつもりは……」
「俺は諦めねーよ。直は良い奴だって分かってるけど、3歳からこうして隣に座るまでに何年かかったと思ってんだ」
「孝寿……」
「俺飯できるまで寝る。今は生徒のことだけ考えてろよ」
孝寿は足を組んで腕も組んだまま、肘置きと背もたれの間に頭を乗せて目を閉じた。
……こんな姿勢で眠れるのかしら。狸寝入りじゃないかしら。
不合格って言葉が、変に孝寿に効いてしまったように見えた。
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