第27話

「孝寿に来てほしくないんじゃなくて、杏紗との時間がほしい」


 ……キューンと来る……。かわいいこと言うなあ。超絶かっこいい顔で。


「だから、一緒にお風呂入ろ? 俺、もう寝そう……」


 うわ、今にも寝ちゃいそう! フラフラしながらしゃべってるよ!


「分かった! お風呂沸くまで頑張って!」


 直くんはなんとか、お風呂が湧くまで私と話しながら頑張った。


「杏紗が右守ったら俺が森に走るから……」


 お風呂沸いたけど、これもう、夢見てるな? 私、直くんの夢に登場してるんだ。それは嬉しいけど、どうしよ? 直くんは明日仕事だけど、もう寝かせた方がいいかな?


「直くん、ベッド行こっか。ここで寝ちゃダメだよ」


 崩れ落ちてる直くんの肩を揺さぶる。


 ……あ。直くん見つけたあの夜みたい。びしょ濡れだったけど、こんな感じで寝てたな、あの時も。


 あの時は、ただ揺さぶるしかなかった。けど、今は、起きないならベッドまで引きずって行く。


 ……重い。田中オーナーが用意してくれる朝食昼食と直くんが作る夕食、3食食べるようになっても今もガリガリに痩せてるけど、それでもやっぱり重い……。


「……杏紗……何してんの?」


「え? 起きたの?」


「お風呂……」


「あ、入る?」


「一緒に入るんでしょ?」


 ……あ、言ってたな、そう言えば。それは覚えてるんだ。


 お風呂に入っても、フラッフラだ。狭いお風呂だから、1人ずつしか頭や体を洗えない。


 眠そうな直くんから洗ってもらって私は湯船から見てたけど、これもう無理だな。


 3大欲求が睡眠欲に全振りしてるからな、直くんは。


 ……でも、直くんを拾って帰ったあの夜は、睡眠欲より私への欲が強かったんじゃないかしら。


 ……この睡眠欲に支配されてる直くんを、違う欲にシフトさせられないかしら。


 そんなイタズラ心で、湯船から出て泡で出てくるボディソープを直くんに代わって直くんの体に塗ったくってみる。


 直くんが泡でモコモコになった。ボディソープ使い過ぎかも。もったいないことしちゃったな。


 て言うか……天神森に、こんなお店ありそう……。


「そんなんされたら、俺目ぇ冴えちゃうよ」


 あ、直くんが起きた。


 直くんの体の泡を私の体になすり付けてくる。うわー、ボディソープの節約になってるけど、なんか、エロい……。


 もう、直くんの顔に眠気は見えない。直くんの欲を私に向けさせることに成功!


 私は、直くんの睡魔に勝ったんだ! 何と戦ってんだって話だけど、大きな満足感に満たされた。


 翌日、日曜日。


 直くんは平日が休みなので、普通にバイトに行った。


 お昼を過ぎて、部活を終えた孝寿が私服で家に来た。


「食うもんねえ? 超腹減ったー」


 冷蔵庫を確認してみる。


「ごはんと納豆くらいならあるけど」


「食う! 納豆食べてソッコーで杏紗ちゃんにチューする!」


「やめてよ!」


 軽くごはん4杯と納豆とキムチを食べ切った。本当に、よく食べるなあ。気持ちいい食べっぷりだわ。


 孝寿は夜遅くても平気な顔して帰って行くし、食欲に全振りしてるな。


「はい、約束の」


 ボーッとダイニングの椅子に座っていた私の口に、孝寿がフーっと息を吹き入れた。


「うわ! マジでやめてよ! やだもー、お茶!」


 キッチンへ走る。


「あはは! 俺もお茶ー」


「自分で入れなさいよ!」


「牛乳ある?」


 孝寿もキッチンへ来る。牛乳とお茶を2杯ずつ飲んだ。飲む量も多いな。


「もう大丈夫でしょ」


 また私の口に自分の口を付けて、息を吹き入れる。


「あ、大丈夫だわ。そっか、牛乳って匂い消しの効果あるんだっけ」


「そうそう。もう安心」


 今度はじっくりと私の口に孝寿が口を押し付けてくる。うーん、無臭ではないな。ほんのりと牛乳の匂いがする気がする。


「何してんだ!」


 と声がして、びっくりした。孝寿も聞こえてるはずなのに、がっしりと私の体をホールドして離れない。


「誰だ、お前!」


 あ、拓人だ。


 拓人が孝寿と私の間に無理やり入り込んだ。


「あ、いずみです」


「え……本田です」


 お互いにお辞儀を交わす。


 拓人が孝寿をジロジロと見る。


「杏紗の妹? 髪の色似てるし」


「泉だっつってんだろ。髪は染めてるんだよ。この色で地毛なわけねーだろ。杏紗ちゃん、このお兄さんバカなの?」


「さすが理解が早い。バカなの」


「男かよ! これこそ、弟か!」


 安定のバカさだわ。こんなのが教師だなんて、日本の未来は大丈夫かしら。


「弟でもねーよ」


「弟でもねーのに、人の女に何してんだよ!」


 人の女? 直くんの女って意味よね?


「チューした」


「知ってるよ! 見たよ!」


 チューだったの? あ、そうだわ、匂いチェック感覚だったけど、完全にチューだわ。


 いや、妹や弟とチューするわけないでしょ! 私ひとりっ子だから知らないけど。


「あ、直が言ってた元彼ってこのお兄さん?」


「え……そうだけど」


「こんなんとも杏紗ちゃんやってんのかー。まだ自分の女気取りだし。杏紗ちゃんマジでナチュラルボーンなビッチだなー」


「誰がナチュラルボーンなビッチよ! 失礼なこと言わないでくれる!」


「なんで杏紗がビッチだって知ってんだ。お前もやったんだな」


 だから、誰がビッチよ! 拓人とはとっくに別れてるのに!


「おりゃ、まだやってねーよ。絶対やるけど」


「やらないわよ!」


 拓人が高笑いしだした。相変わらずムカつく高笑いだなあ。


「そりゃこんなガキとやるわけねーよな。前のガキより更にガキじゃねーか。杏紗ー、意地張ってないで俺と結婚しろよ。ガキと遊んでばっかじゃ婚期逃すぜー?」


 うわー、ムカつく。よくもまーそんな物言いができるもんだわ、この浮気男。


「あんたと結婚なんて絶対しない。もう来ないで。鍵返してよ」


「このままババアになんの? 一生結婚できねーよ?」


「うるさいな。私今は―――」


 孝寿が拓人の後ろに回り込んだ。


「杏紗ちゃんは俺と結婚すんだよ!」


 と拓人の太ももを思いっきり蹴った。


「痛って!!!!」


 拓人が足を押さえてうずくまる。


 あ! 孝寿、また!


「何ガードしてんだよー。ガキの蹴りなんか痛くも痒くもないだろーが」


 うずくまる拓人をガンガン蹴る。


「痛ーよ! お前すげー痛ーよ!!」


「痛いのはお前だよ。別れた女にいつまでも付きまといやがってさー。杏紗ちゃん元彼っつってたよー。お前とっくに元なんだよ、バーカ」


 拓人は必死に玄関へと這って行く。その背中を孝寿が蹴る。


「また来るからな! 杏紗!」


 と言い残し、拓人は手に靴を持って出て行った。


 ……あ。鍵。また返してもらってないわ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る