第26話

「いいよ、私のためだったら……相手の女の子のことは考えてほしいけど、私のことは考えなくていいから」


「なんで?」


「だって……」


「俺が他の女とやったら、杏紗ちゃん俺のこと見てくれないでしょ?」


「え……」


 え? どうなんだろう? なんか分からないけど、彼女でもないのに他の女とやるなって言うのは変だわ。


「そんなことないよ。他の女とやったからってのは、別に」


「本当に? 俺が他の女とやっても俺のこと好きになる可能性は変わらないんだね?」


「可能性? 元々ないよ、変わらない」


「俺が他の女とやっても絶対に俺のこと好きになるのは変わらないんだね?」


「そんなに念押すの? 変わらないよ」


「約束だよ」


「え? ……うん。約束……」


 え? 約束? 私何の約束したの?


 なんかちんぷんかんぷんなんだけど?


 孝寿は対照的に、自信満々な笑顔で私を見た。


「杏紗ちゃんが最後に選ぶのは俺だよ」


「えっ?」


「じゃー俺、部活行ってくる! 終わったらまた来る!」


「あ、うん……行ってらっしゃい」


 ……何だったんだろ? まるで意図が見えない……。


 あ、ごはん食べて、私も仕事に行かないと!




 仕事を終え、家に帰る。……あれ? 女子高生が今日はいない。またロビーかな? と思ったけど、やっぱりいない。


 部屋に入ると、孝寿の靴がない。あれ? 来るって言ってたのに。


「ただいまー」


「おかえりー」


 直くんとハグしてキスをし、


「孝寿、来てないの?」


 と聞いた。


「今日は来ないのかな? 電話して聞いてくれる?」


「うん、分かった」


 孝寿の電話に掛けてみる。あ、出た。


「孝寿、今日うち来ないの?」


「あーもう杏紗ちゃん帰ってるんだ。もうそんな時間か。今から行くよ」


 と孝寿が言ってるのと被って、女の声で


「誰ー?」


 と聞こえた気がした。友達とでも遊んでたのかしら。おなか空いてるんだけど、どれくらい待ったら来るのかしら。


「孝寿今どこ?」


「今? えーと、ここどこだっけ」


「ゴールデンリバー」


 今度はハッキリと女の声が聞こえた。


 ゴールデンリバー?! 久々に聞いたわ!


「ゴールデンリバーだって。多分10分くらいで行くよ」


「え?! 孝寿今ゴールデンリバーにいるの? 誰と?!」


「俺が誰といるか気になるの?」


「え……いや、そう言われると別にって感じではあるんだけど」


「俺が他の女とやっても俺のこと好きになるって約束したよね」


「え?! そういう約束だったの?」


「そうだよ。じゃあね、すぐに行くから」


 孝寿が他の女とやっても私が孝寿を好きになる約束? ……そんな孝寿に都合のいい約束、したか?!


「孝寿、どうするって?」


「すぐ来るって……」


「じゃあ、ごはんの用意しとこ」


「うん、ありがとう」


 ……て言うか、ゴールデンリバーで女といるのに電話に出たの? なんでどいつもこいつもゴールデンリバーで電話に出るのよ!


 15分くらいで孝寿はうちに来た。直くんには、ゴールデンリバーのことは言えなかった。なんか、過去の浮気を蒸し返すようで言いにくい。


 なのに。


「聞いてよ、直! ゴールデンリバーって知ってる? あそこすげーの! まさにゴールデンなリバーがあんの!」


「あー、あのリバーすげーよな。1回行くとまた行きたくなるんだよ。よくできてるよなー」


「へー。ゴールデンリバー知ってる上に何回も行ってるんだ。杏紗ちゃんとは家でやるのに」


 ……直くん、はめられてるよ!!


「なるほどね、直のこと信用できないわけだ」


「信用?」


「なんでもないよ、直」


 と言いながら、私に笑いかけてくる。……痛い所を遠慮なく付いてくるなあ……。鬼か、この子……。


 天神森にはいくつもラブホテルがあるのに、孝寿はなんでゴールデンリバーだと思ったんだろ……。


 あ、うちから1番近いからか。直くんなら終わったらすぐ家に帰れるようにって考えると思ったんだろう。


 直くんは、積極的に浮気する訳じゃないし、私を1番にしてくれてるとは思う。


 だから、それで満足しようとしてる。自分に言い聞かせてる。私には余りあるイケメンだ。私を思ってくれる気持ちがあるなら―――


 でも、やっぱり釈然としないんだよなー……。


 私はただ、1人の人の唯一の存在になりたいだけなのに。直くんにとって私が唯一の女だって思えない。


 なのに、付き合い続けている。その先に結婚がぶら下がってもいないのに。もしかすると、私はこのイケメンの彼女の座にいたいだけなのかもしれない……。


「あの女、動くよ」


「……どう動くの?」


「それは、自分で確かめなよ」


 私が動揺するタイミングで、孝寿がキスしようとするのがなんか分かった。


 分かったから、避けた。


「隙だらけのくせに。やっぱり杏紗ちゃんはおもしろいよ」


「……私も、孝寿がおもしろいよ」


 なんか避けられちゃったから、ノリで言ってみた。


「へえ、そこまで杏紗ちゃんがおもしろい女だとは俺知らなかったなあ」


 ……適当に言ったのを承知の上なのか? もっと単純で私のことを意外に鋭いと思ったのか?


 ……私全然分からないんだけど……。




 やっと孝寿が帰って行った。


 もう深夜だよ……。高校生がウロウロしてて、大丈夫なのかしら?


 直くんは、すっかり眠そうな顔をしている。


「お風呂いれるね」


「うん……」


 孝寿を見送った玄関から、リビングに入る。キッチンの給湯ボタンを押すと、直くんが後ろから抱きついてきた。


 ふふっ、かわいい。よっぽど眠いんだな。


「一緒に入ろ?」


 あー、かわいい言い方! 直くんのおねだり好きなんだよー。


「えー、恥ずかしいよ」


「孝寿がうちに来るようになって、なんか2人で話す時間減ったじゃん」


 それは私の方が前から思ってたよ。


「直くんがいつでもおいでって言ったんじゃない。あんまり来ないように言おうか?」


「ううん、いい。孝寿が来るのは嬉しいんだよ。孝寿頭いいから、勉強でも俺が忘れてるとこ教えてくれたりするし」


「孝寿が? あの子まだ2年だよ?」


「習ってない単元でも解説読んだら理解できるみたい」


 え?! マジで?!


 え……絶対、私が1番頭悪い……年長者なのに……。教育に携わる仕事してるのに……。

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