第25話

 直くんが洗い物をしてくれている。ソファに座る私の隣に孝寿が座り、耳元で話しかけてくる。


「直には言わない方がいいよ。尻の軽い女って、男はどんなもんか試したくなるもんだよ」


「え? そういうものなの?」


「そりゃ色んな男虜にするような女、どんな技持ってんのかなって興味あるよ」


「孝寿……情報提供して技試すつもりじゃ……」


「俺は杏紗ちゃんにしか興味ねーよ。でも直はどうだろうね?」


 うーん……たしかに……。信用してないとかじゃないんだけど、直くんのこと信じてるけど何をどう考えてるのか分からない所があるのよね……。


 たっぷり前科もあるし……。あ、でも私と付き合ってるし、これまでの浮気相手みんな年上だし、もしかしたら年下に興味なかったり?


 ダメだ! 私自身が年上好きから大幅な転身を遂げてるだけに、そこで安心はできない!!


「でも、どうしよう。放置してて大丈夫かしら? その子は直くんのこと調べて何かするつもりかしら?」


「俺が逆に探ってやるよ、その女」


「え?!」


「ちょうど後輩がハマってるから、色々聞いて杏紗ちゃんに教えてあげる」


「ほんと?! ありがとう、孝寿!」


 孝寿の方を振り向いた瞬間、キスされた。びっくりして固まってしまったら、反対側から直くんに抱きしめられた。


「本当に隙が多すぎる! 上書きね」


 両手で顔を挟まれて、直くんにキスされた。え? 何、ここ欧米なの? 日本ってこんな風に次々キスされたっけ?


「孝寿! 今のはただの挨拶じゃねーだろ」


「ただの謝礼を頂いただけだよ」


「謝礼?」


「何でもない! 振り向いたら口が当たっちゃっただけだよ!」


「あ、なんだ」


 それで済むんだ?! 自分で言っといて何だけど、そんなわけなくない?!


 やっぱり、あの女子高生が直くんの目の前に現れた時にどうなるか予想つかないな……。


 孝寿が帰ると、直くんはすぐ眠ってしまった。お風呂に入る気力も残ってなかったらしい。


 1人でお風呂に入り、ベッドに行った。


 暗くてぼんやりとしか見えない直くんの寝顔を見る。本当に、綺麗な顔だなあ……。


 美人は3日で飽きるとか、ブスは3日で慣れるとか言うけど、全然違うな。あれ間違ってる。


 何ヶ月経っても直くんの顔に飽きたりしないし、少しずつ慣れていってる感じ。さすがに見惚れてボーッとすることはなくなったかなってくらい。


 直くんはわりと表情が乏しいとこあるから、めっちゃ笑顔で見られるといまだにドキッとする。


 直くんを、あの女子高生に取られちゃったら……もう、こうやって寝顔を眺めることもできなくなる。


 今日は朝も寝坊してバタバタしてたし、夜は孝寿がいてほとんど直くんと2人で話せてないし……。


 仰向けに眠っている直くんに抱きついた。直くんが無意識に、体を半転させて私の体を抱きしめる。


 すぐ力が抜けて、私の左腕の上に直くんの腕の重みが残った。


 ……重いけど、このまま寝よう。なんか、ちょっと安心感を得られる。


 翌日、出勤するためにマンションを出る時、ちょっと怖かった。また、あの女子高生がいるんじゃないかって。なんか、あの子怖い。


 帰宅時は、多分いるんだろうなって思ってた。マンション前の電柱を見る。あれ? いない!


 さすがに毎日は無理だったのかしら?


 と思ったら、マンションロビーを入った所にいた。うわ! 中に入って来ちゃってる! オートロックの付いてる所に住むべきだった!


 気付かないフリしてその前を通り過ぎる。うわー見てる見てる! めっちゃ睨んでるよー。怖いー。せめて、何か言ってくれないかな?


 部屋に入ると、孝寿の靴がある。孝寿が来てることに安心する日が来るとはね。


 ごはんの後、ソファの私にドSスパイが報告してくれる。


「例の女、今ターゲットは杏紗ちゃんみたいよ」


「私?! なんで?!」


「直の彼女だってバレたんだろ。後輩もSHOTENの講師のコピー機壊しまくる25歳の女だって知ってたよ。杏紗ちゃん職場でも機械壊しまくってんだね」


「そんな情報どうやって得てるの?! 怖いんだけど! 私何かされるの?」


 もう泣きそう!


「安心しろよ、俺が守ってやるよ」


 孝寿が優しく抱きしめてくれる。もう何でもいいからすがりたい。


「何やってんだよ! 孝寿!」


「いや、杏紗ちゃん具合悪いみたい」


「直くんー……」


「あ、マジだ、泣きそうだね。大丈夫?」


「じゃあ、俺帰るわ。杏紗ちゃん、お大事に」


 ……え? 孝寿が、ニヤリと笑った気がした。何? 怖い怖い! 孝寿も怖い!




 土曜日、直くんは朝からバイトだ。お昼を過ぎた頃、孝寿がサッカー部のユニフォームにベンチコートを羽織って来た。


「これから部活なの?」


「おう!」


 本当にサッカーバカだな。もう楽しそう。ちょっとかわいい。


「あの女、ついに俺のことも調べだしてるらしいわ」


「なんでー?!」


「まあ、直の周りにいるっちゃいるしな」


「直くんのバイト仲間とかの方がよく会ってるでしょうに」


「その辺は真っ先に調べたみてーだな。初めはそのコンビニに彼女がいないか調べだしたらしい」


「え?! 結果は?」


「いるわけねーじゃん。直そんな信用ねーの?」


「え?! いや、そんなことないわよ!」


 うわ、ヤバい。動揺を悟られたっぽい。


「俺にしとけよ。俺ならそんな心配いらないのは分かるだろ」


 ……もっと強引に強行してくるかと思った。孝寿なら……?


「心配いるわよ!」


「なんで?」


「孝寿だって学校の子とやってるじゃない」


「言ったじゃん。あれは杏紗ちゃんに俺も大人だって分かってもらうためだって」


「言い訳でしょ」


「ほんとだよ」


 うわ……え、どうしたの、孝寿のくせにあんまり強引じゃない……優しい笑顔で私を見つめてくる。


 これはこれで、ドキドキしてくるんだけど。


「だから俺、あれから誰とも何もしてねーよ。杏紗ちゃんにチューしただけだよ」


「本当……?」


「本当」


 意外と誠実なのかしら……。もしかして、本当に3歳から私のこと好きだったのかしら? そんなわけないじゃんって思ってたけど。


 いや、でも私は直くんと付き合ってるんだから、孝寿にそんな潔癖を強いる権利なんて私にはない。

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