第23話 女子高生
「へー、杏紗モテ期来てんじゃん」
電話越しに香凛が言う。
「モテ期?」
「年下コンビニ店員にー、更に年下の高校生にー、年上の元彼もまだ諦めてないんでしょー」
たしかに、拓人もたまーに忘れた頃にうちに来る。一向に鍵を返してくれない。本キーなのに。
「全員他の女とやってるんだけど……これでモテ期だったら私どれだけ男運ないのよ」
「でもさ、結婚するなら普通に考えたら年上の公務員だけどイマイチ本当に結婚する気あるのか微妙だし、確実なのは最年少の高校生っぽいね」
「嫌だよ、高校在籍中の旦那さんなんて。職場で報告できないわよ」
「言わなくてもいいんじゃない? 高校生が大学卒業する22歳くらいになってから言えば」
「私その頃30よ? 22歳と結婚しましたーって引かれない?」
「えらい年下いったなあって驚きはするわね」
「だいたい、冠婚葬祭で会う親戚なのに結婚なんてできないわよ。孝寿のママ知ってるもん。姑になるなんて考えられない。元々私のお母さんの友達だし」
「あ、そうなんだ」
「昔は近くに住んでたからお互いの家を行き来するうちに、お互いの兄と姉がくっついたの。お互い結婚して遠くに引っ越してからは子供も出来たりでほとんど会ってないけど」
「へえー、兄と姉が? ありそうでない話よね」
「そう? 逆じゃない? なさそうである話かと思ってた。あ、私そろそろ仕事行かないと。また電話するね」
「うん、仕事頑張ってー」
「ありがとうー。行ってきまーす」
電話を切り、ジャケットを羽織ってバッグを持って出勤する。結構寒くなって来たなあ……。
マンションを出た所で、制服姿のかわいい女子高生がどこかの部屋を見上げていた。
こんな時間に高校生? テスト期間中かしら? 何してるんだろう? もしかしたら、あの子も実は男の子だったりして。ないか。セーラー服着てたわ。
今日も塾に生徒達がやって来る。もうみんな、塾カードをピッてするコツをつかんで、スムーズにできるようになっている。
でもただ1人、6年生ながら4年生よりも体が小さく、多分この塾で1番小柄な
時間ギリギリまで待ってみる。壮吾くんは自力で頑張ってる。自主性を伸ばすためには、自分でコツをつかむのが理想的だ。待つことも大切な教育だと習った。
あ、授業開始までわずかなのに、壮吾くんがピッてできないために4人並んでしまった。これ以上は見てるだけってわけにはいかないかな。
「壮吾くん、ちょっと斜めにしてみようか」
と、壮吾くんの手に私の手を添え、カードを斜めにする。
ピッと、センサーが鳴った。
「真中先生、ありがとう!」
6年生にしては声も高く、めいっぱいの笑顔がめちゃくちゃかわいい!!
並んでいた4人が無事教室に入ったであろう頃に、始業のチャイムが鳴った。
壮吾くんは、発達障害があるらしい。私は子供の障害に関しては不勉強だ。詳しくは知らない。
でも、壮吾くんは私の講師としての恩人だと勝手に思ってる。
私がまだこの塾で働き初めて半年経つか経たないかの頃、コピー機を壊し修理に来てもらった10分後にまた壊して超へこんでいた。
私なんて、多分教育大出てるから採用してもらったんだろうけど、実務経験はない。こんなにコピー機壊す私なんて、子供達の未来まで壊してしまうんじゃないかしら。もう辞めた方が子供達のためだと思った。
5年生の授業が終わって、生徒達の安全を見守るため自転車置き場の前で気落ちしたまま気を付けて帰ってね〜と見送っていたら、壮吾くんのお母さんが車で迎えに来た。
ワゴン車の後部座席が開き、壮吾くんが駆け寄った。
後部座席には、パンダのぬいぐるみが置いてあった。壮吾くんはパンダを抱きかかえると、
「神様、今日は演習問題で5問間違えました。やり直すから、覚えさせてください」
と、パンダの額に壮吾くんの額をくっつけて言った。
神様? ぬいぐるみが?
意味が分からなかった。
でも、まっすぐな瞳でパンダを見つめる壮吾くんの姿を見ていたら、壮吾くんにとって、パンダのぬいぐるみが自分が信じる神様なんだ、と分かった。
この塾は子供達との信頼関係を築く事に重きを置いている。私も、壮吾くんのパンダのぬいぐるみのように生徒達から信頼されたい。
信頼を得られれば、パンダだって神様になれるんだから。
子供達の未来はコピー機みたいに壊れやすくなんてない。何度コピー機壊したって、私は辞めない。そう誓った。
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