第20話

 ズカズカ狭い廊下に上がり込んで来る。靴くらい脱いでほしい。


「俺、大人になった」


「……ならないでしょ。どういう意味?」


「やったら大人なんだろ。あいつは?」


 ……え? えっ?!


「直くんだったら仕事。……ねえ、大人になったって……どういう意味?」


「昨日学校の子とやってきた。杏紗ちゃんを俺のものにするために。大人になりゃあ、あいつと並べるんだろ」


「……な……何言ってるの?! 私そんなこと言ってないよ!」


「あいつが言ったんだよ」


 ……多少言ってたのかもしれないけど……どう解釈してそうなったのよ?!


「違うよ! 大人になるってそんな短絡的な話じゃない! そう思っちゃう所が子供なのよ!」


「何が違うんだよ。俺だって杏紗ちゃん以外の女となんかしたくなかった。けど、大人にならなきゃ杏紗ちゃんも俺を子供としか見られないんだろ?」


 ……それは……そういうとこはあるかもしれない。余りにも小さい時のイメージしかない。正直、私の中で孝寿も大人の男になろうとしてるって今アップデートされたかもしれない。でも!


「その学校の子と誠心誠意付き合うんだよね? じゃない! 付き合わなきゃダメだよ!」


「俺は杏紗ちゃん以外の女と付き合うつもりはない」


「……自分のしたことと今言ったこと考えてよ? おかしいこと言ってるって分かるでしょ? ダメ、責任持ってその子のこと大事に思って付き合って」


 孝寿が力を込めて抱きしめて来た。うわっ、荒っぽい……。


「やんなきゃガキ扱いで戦えない。やったらその子大事にしろって、めちゃくちゃだろ」


「……ごめん。でも」


「でもは、受け付けない」


 女の子以上にかわいいはずの孝寿が、男の子にしか見えない。やってもやんなくても、もう私が思ってたほど子供じゃなかったんだ……。


「責任って言うなら、杏紗ちゃんの彼氏が俺にさせたことなんだから杏紗ちゃんが責任取れよ」


 右手でガッツリ頭を押さえられてキスしてくる。力ずくで荒い。めちゃくちゃだ、こんなの。


 ヤバい。この子本気だ。大人の男の快感を知ったばかりの猿状態だ。


 私もヤバい。超ドキドキしてる。こんな荒々しく求められたことなんてなかった。ヤバい。流されそう。


 ……浮気する時って、こんな感じなのかしら。強引さに負けるのかしら。


 浮気……浮気なんて、しない!!


 全力で孝寿の体を押す。


「やめて! 私彼氏以外とこんなことしない!!」


 孝寿が悲しげに目を伏せる。やめて、私その顔弱い。すごく悪いことをした気持ちになる。


 でもまた、すぐに強気な顔で私を見てくる。あ、私その鋭い目付きで急に見られるのも弱い。ドキッとする。


「あいつとはガンガンやってんだろ」


 ……直くんが変なこと言うから、変なイメージ持たれたじゃない。


「彼氏だから」


「彼氏2人いてもいいんじゃね」


「ダメだよ!」


「俺も学校の子と彼女2人にするから。あいつもすぐもう1人くらい女作れるだろ」


「マジですぐ作るからそういうこと言わないで! 縁起でもない」


 言うことまでめちゃくちゃだな、この子。やっぱり大人になんてなってない。


 孝寿が靴を脱ぎ部屋にズカズカ上がる。全く……帰ってって言っても全然言うこと聞かないわね、この子。ダイニングテーブルを挟んで椅子に座る。


「飯食うんじゃねーんだから俺ソファ行くわ」


「いや! 晩ごはんの残りのお昼ごはんの残りがあるから、食べて!」


 ソファに並んで座るよりも、テーブルで物理的な距離を保ちたい。急に孝寿が大人に感じて、なんか、どう接したらいいのか分からない。


 昨夜は直くんがハヤシライスを作ってくれた。レシピが4人分だったらしくて、まだ残っている。


「へえ、これ杏紗ちゃんが作ったの?」


「ううん、直くん。私料理できないから」


「ああ、杏紗ちゃんのママに禁止されたって聞いたよ。トータルレンジ3台とトースターと冷蔵庫壊して、初期消火で済んだ火事5回起こしたんだよね」


「え?! そんな話聞いてたの?!」


「しょっちゅう杏紗ちゃんの話聞いてたよ。幼稚園の時から小学校の先生になりたかったとか、中学で初めて彼氏できたのとか、毎日日記付けてたのとか。今も付けてるの?」


「いや、今は付けてな……え?! 日記付けてたのお母さん知ってたの?! それ、読まれてない?!」


 だって、彼氏できたとかお母さんに話してないし!


「家遠かったしあんまり会えなかったけど、しょっちゅう杏紗ちゃんの話聞いてたから何年も会ってない気がしなかった。杏紗ちゃんが聖天坂に就職して引っ越して来てくれて、すげー嬉しかったよ。いつでも会いに行ける距離だから」


 さっきの鋭い目付きの孝寿とは別人みたいに、穏やかな優しい笑顔で私を見る。うわー、そんな顔もするんだ。なんだ、やっぱりかわいいじゃん。


 ていうか、あんまり会ってないと言うより会ったの私が11歳と20歳の2回だと思うんだけど。孝寿からしたら、3歳と12歳なんだけど。


「……あの、孝寿、えと……」


 なんで私のこと好きなの? とは、なんか聞き辛い。


 好きって言われたっけ? なぜか好かれてるとは思うんだけど。だから結婚しようとしてると思うんだけど。


 ……引かれたら引かれたで、いいや。孝寿だし。


「なんで、私のこと好きなの? 言ってごらん?」


 恥ずかしいから、わざとドSっぽくカッコつけて聞いてみた。うわー、引かれる覚悟で言ったけど、超絶恥ずかしい!!


「へえ。杏紗ちゃん、そんなこと気になるんだ?」


 引かれない?! 所か、不敵な笑みすら浮かべている。え、なんで? 普通ドン引きでしょ?


 あ……しまった! 孝寿の得意分野にぶっ込んじゃったのかも……? うわ、知らない分野にぶっ込んじゃったよ!


「なんで俺が杏紗ちゃんのこと好きだと思ったの?」


「……結婚とか、言ってたから」


 毅然と立ち向かう。けど、無理無理! この子絶対こんな感じ得意じゃん! うっかり戦法間違った!!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る