第13話
気持ちの整理のつかない私は、もう1週間以上も必要最低限しか直くんと会話していない。
はじめは普通に話しかけて来ていた直くんも、さすがに避けられていると気付き始めた様子だ。
「行ってきます」
「行ってらっしゃい」
ハグもキスもしない。素っ気なく見送る……。
だんだん、寂しくなってきた。チューしたい。毎日何回も何回もしてたのに、急にゼロになったから……。
謝ってくれないかな。でも、今更だよな。
どうしてこうなった。
直くんが悪い。それは間違いない。
浮気したら別れるとか言っておいて、別れてもいない。
なんでだろう。許しもしないのに、別れもしない。どうしたいんだろう。
仕事にも身が入らないから、またミスを連発するし、コピー機も壊す。どうしてコピーを取るだけでトナーが漏れて全部真っ黒になるんだろう。
……ちょっと、時間潰して帰ろうかな。直くんはよく寝るから、遅く帰ると寝てることが多い。音を立てないように気を付けて帰れば、起こすことなく顔を合わさずに済む。
コソッと帰宅し、コソッとお風呂に入る。リビングに入ると、直くんはソファでテレビを観ながら洗濯物をたたんでくれていて寝たようだ。
テレビは消さず、直くんが作ってくれたごはんを食べる。
歯を磨いて寝る前に、ソファの直くんにタオルケットを掛けて、ベッドに入った。
翌朝も、一応見送りはする。
玄関前の狭い廊下で、直くんが急に振り向いた。……え? 何?
久しぶりに、直くんが私の顔をじっと見る。ああ、やっぱり超絶かっこいい。何か言いたいことでもあるのかしら? 表情からは、何も読み取れない。
……無言、長くない?
……え……もしかして、別れるとか……
こんな、まともに会話もないような家に帰って来たくなくなった……?
直くんが1歩踏み出して少しかがみ、隙をつくようにキスをした。
すぐに離れると、ごめん、とでも言いそうな申し訳なさそうな、悲しそうな顔をして、何も言わずに出て行った。
あ、許そう。
直くんは、本気で何が悪かったのか分かってない。てっきり分からないフリしてあやふやにしようと企んでるのかと思ってたけど、あの子本当に分からないんだ。
小学1年生に三平方の定理くらい理解してるでしょって言うようなものなんだ。
何にも悪いことしてないはずなのに、いきなり私の態度が冷たくなってどうすればいいのか困ってたんだ。
直くんにあんな顔をさせちゃダメだった……自分の彼女にキスして、あんな申し訳なさそうな顔する理由なんてないもの。
……良かった。別れ話じゃなくて……心底、ホッとした。
私どうせ、浮気されたからって別れる気なんてなかったんだな。
彼女の座に居続けたいんなら、切り替えなきゃならないんだ。あの変わり者と付き合い続けるなら、直くんの物の見方を知らなきゃならない。
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