第11話 ゴールデンリバー

 直くんと暮らし始めて、半年以上が経つ。


 朝、バイトに行く直くんを見送って、朝ごはん食べて、洗濯して干して、仕事行く準備して出勤、みたいなライフサイクルがすっかり定着した。


 バイトが終わってから私が帰るまで暇だから、と直くんは料理をするようになった。


 一緒に暮らし始めて、一番びっくりしたのは直くんの食生活かもしれない。お給料日に吉野家に行く以外、自主的に食事を摂ろうとしない。


 用意すればなんでも食べるし好き嫌いもないんだけど、目の前になければ食べるという行為自体を忘れてしまうみたい。


 コンビニオーナーの田中さんが毎日直くんの朝食昼食を店で用意する上に廃棄のお弁当を持ち帰らせた理由がよく分かった。


 読書も雑食で、好みがない。目の前にある本を何でも読む。少女漫画でもミステリー小説でも女性向けのフリーペーパーでも。


 服も小物も何でもいいから、拓人の服を着る。須藤くんの方が背が高いから、ズボンの丈が合わずいつもくるぶしが出てるのも気にしない。


 直くんは全体的に好みがない。好き嫌いの区別がない。逆に驚くほど好き嫌いの激しい人なら高校の時にいたけど、こんなに好き嫌いが全くないような人初めて見た。ほんと、変わった子だわ。


 そして、半年以上も付き合っても、付き合い始めた頃と直くんの態度が変わらない。甘々なのは付き合い始めだけかも、と思ってたけど変わらない。


 帰ったらすぐ抱きついて来るし、しょっちゅうキスしてくる。もう、かわいくてしょうがない!!


「真中先生、出勤早々何ニヤけてるの?」


「えっ」


 阿川先生が気持ち悪そうに私を見ている。


「いや、あの、かわいすぎて」


「え? まさか自分が?」


「違います!! えーと、犬? 犬の動画を」


「仕事中に見ないで?」


「見てません!! えーと、早く家に帰りたくて」


「そうねえ、堀先生も今日は休業するしかないかなって言ってたわ。この台風じゃ危険だものね。臨時休業の一斉メール打っといてくれる? 確認したら返信するように書いといて。返信のない生徒だけ電話で連絡しましょ」


 超大型台風22号が日本に上陸しようとしている。今はまだ雨も降ってないけれど、強風が超ヤバイらしい。


 全員に連絡がつくまで思いのほか時間がかかった。もう6時前だ。その分、溜めていた仕事が随分捗った。


 これで終わりなら、直くんと一緒に帰れるかも。


「あとは、台風対策をチェックしとくか」


 塾長の堀先生が言う。台風対策なんて何をするのか分からないから、適当にあちこち見て回る。特に危険そうな所もないかな?


 小峠先生は家が遠く電車が止まると困るので出勤していない。堀先生と阿川先生と塾を出る。


「うわー、こりゃ来るなあ」


 どす黒い雲が広がっている。今にも雨が降り出しそうだ。風もすでに超強い。


「お疲れ様でした!」


「気を付けて!」


 と声を掛け合う。


 もう結構6時過ぎちゃったけど、一応コンビニを覗いてみる。直くんはいない。帰っちゃったか。私も急いで帰ろう。


 天神森を抜けて帰る。……え? あれって……


 直くんと水着かな? くらい露出の多い服を着た胸の大きい女性がゴールデンリバーと看板を掲げる建物に入って行ったように見えた。


 他人の空似かしら? 直くんに見えたけど、直くんのこと考え過ぎだからかしら。


 てか、ゴールデンリバーって何? ゴールデンリバーの前まで来た。……ラブホテルだ……。

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