第10話
「お兄さん、金ねーんだろ。お姉さんがもう自分の手に戻らないんなら金だけでも少しでも手に入れたいだけだろ」
須藤くんが自分のお財布を開いて逆さまにした。ボトッと、塊と化したお札が落ちた。
……あ、1枚ずつ乾燥させようと思ってたのに、忘れてた……。
「やるよ。多分10万はある。十分だろ」
「お」
そそくさと拓人が拾う……かっこ悪。
「いいんだな?! これ銀行に持ってって使える札に交換してもらうからな!」
「いいよ。その代わりもうこの家に来んなよ」
「また来る! 20歳のフリーターとなんて、絶対続く訳ない。また来るからな、杏紗」
ドアが開いた音がして、閉まった音がする。
……隠し事がバレた。須藤くんが賢いことは知ってたけど、こんなに鋭い所があるとは思ってなかった。
「杏紗って、お姉さんの名前?」
「あ……うん、
私、名前すら言ってなかったんだ? そりゃふしだからかもしれない。そう言えば、須藤くんの下の名前も知らない。
「杏紗。こっち来て」
え?! このタイミングで、お姉さん呼びから呼び捨て?! ドキッとしてしまった。けど……。
……須藤くんからしたら、言いたいことは山ほどあるよね……。
言い訳はできない。私は昨夜、必死で拓人の痕跡を消そうとした。正直に言えば良かった……。でも、これまでの人生で一番だと思うイケメンを逃すかもしれないと思うと惜しくて……。
もう終わった男のために、須藤くんを逃すのは嫌だった。
……そこまで正直に言うと終わりそうで言えないけど、誠心誠意、伝えよう。ちゃんと、話しよう。
寝室のベッドに、須藤くんが座る。その隣に、少し距離を置いて座ると、おもむろに押し倒して来た。
「……あの人が買ったベッドなんか、めちゃくちゃにする」
ベッドを?! なんで?
え? なんでそういう流れになるの? わけが分からないんだけど?!
……須藤くんは、昨日も今も、私をじっと見てくる。
たくさん、チューしてくる。
抱きしめられて、キスされて、見つめられて、須藤くんの中に私の陣地が広がって行くような、確かな手応えを感じる。
欲のためだけじゃなくて、私を求められてると思えるのって、すごい満足感。
時には私の顔なんて見てない、キスなんてしない、下半身しか見てない、私じゃなくても女なら誰でも良さそう、としか思えない拓人なんかとは、まるで違う。
たしかに私は、須藤くんの顔が好きで家に招いたけど……それだけじゃない。
私は今、須藤くんを私の陣地で埋め尽くしたい。
「本当に、めちゃくちゃにしたね」
めちゃくちゃと言うか、ぐちゃぐちゃ?
ベッドのへりに腰掛けながら笑うと、須藤くんが優しい笑顔で抱きしめてきた。小さい子供にするように、髪をなでる。
「あのお兄さんのこと、忘れられそう?」
「え?」
あ……もしかして、拓人の浮気で私が傷付いたと思って慰めてくれてたの? 優しい……。もう胸がいっぱい。
「とっくに忘れてたよ。鉢合わせさせちゃうくらい」
「え? 来るの知ってたの?」
「うん、昨日須藤くん見つける直前に電話で約束してたの。話だけでも聞いてほしいってしつこく電話かかってきて……でも、須藤くんの顔見たらうっかり全部忘れちゃってた」
「うっかりさんなんだね」
「うん、そうだね」
うっかりさんなんてかわいいものじゃないけど。
「あ、そうだ。須藤くん、下の名前なんて言うの?」
「
「直……」
ちょっとびっくりした。なんてピッタリな名前。名は体を表すってこれか!
「すごく、いい名前」
「そう? ありがとう」
直くんが笑った。超絶かわいい!!
好きだとも、付き合ってともお互い言ってないけど、大人同士の付き合いなんてそんなものだ。
直くんは、この家に帰って来るようになった。
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