第8話
仕事を終え、塾を出ても、須藤くんの姿はなかった。
こんな寒い中6時から待ってるわけないか。自宅か友達んちとかから、うちのマンションに直接来るのかも!
自宅マンションは聖天坂八丁目なのだけれど、飛び地のようになっていて隣の天神森地域の1部を抜けると早く着く。
でも、天神森は大きな歓楽街が栄え、治安が悪い。だからいつもは遠回りして帰るんだけど、須藤くんがこの寒い中待ってるかもしれないから、天神森を抜けて帰ろう。早足でキャバクラやラブホテルやいかがわしそうな店の前を進む。
初めて来た時はちょっと興味もあって普通に歩いていたら、おじさんにどこの店の子? って聞かれたり、店員さんに今いくらもらってるの? って聞かれたりしたので、それからはこのように私はただの通行人アピールをして通り抜ける。
天神森を抜けたらすぐに自宅マンションに着く。
……いた……! 本当に須藤くんが私を待ってくれていた。
マンション入口の壁に寄りかかって、コンビニ袋を下げた腕を組んで立っている。
あー、遠目でもかっこいい。背が高くて顔が小さく、彫りが深いから遠目には外人さんに見えなくもない。
近付きながら顔をよく見ると、目が閉じている。頭がカクッとなった。寝てる?! 持ち直したものの、またカクッとなって、崩れ落ちた。
寝てる!!
本当にどこででも寝るの?!
あ……そういえば。
「須藤くん、起きて」
「あ、お姉さん。遅いよー」
と言いながら抱きついてくる。うっわー、かわい過ぎる!!
「ねえ、そういえばさ、教えてもらってないよ。昨日、なんであんなとこで寝てたの?」
「……へ? そんなこと聞かれたっけ?」
「聞いたよ。誰と飲んでたの?」
「1人だよ。給料日だから吉野家で牛丼食べてビールがんがん飲んだだけだよ」
「吉野家?!」
え、もしかして、吉野家でビールがんがん飲んで今みたいな感じでフラっと寝ただけ?! あんな雨の中?!
「なんであんな思わせぶりなこと言ったの?!」
「思わせぶり?」
「いや、だから……やらせてくれたら何があったのか教えるって……」
「そんなこと言ったの? 俺が?」
「言ったよ! そんな捏造しないよ!」
ふーん、と須藤くんが何か考えてる。
「お姉さん見て、やりたくなったのかな。 好みの体だから」
「は?! こんなコート着てるのに何も分からないじゃない!」
「分かるよ、ある程度。だいたいの細さとか、胸のデカさとか。実際、俺の好みだったし」
えっ……何も言えなくなるんだけど。
でも私特に細くないし胸デカくないし……特徴ない体が好みなの? 微妙……。
て言うか、顔が好みだから連れ帰った私が言えることじゃないけど、体か……いや、初めからある程度ほんのり分かってたことではあるんだけど。
自室の鍵を開ける。……え? なんか、空回らなかった? 反対に回してみた。閉まってる。やっぱりこっち回しで合ってるよね? あれ?
ドアを開けた途端、
「ただいま」
と須藤くんが抱きついてくる。今日も冷たい唇してるなあ……。
「た……ただいま。お風呂いれよ、すっごく冷たい」
須藤くんの唇を人差し指で押してみた。パクッとくわえられてしまった。口の中は温かいんだ。
て言うか、やることがいちいちエロい! この子ほんとに20歳なの?!
「お、お風呂いれてくる!」
もう1回強めに唇を押して急いでリビングへ向かう。
あードキドキする! ドキドキする!!
「杏紗ごめん! 二度と浮気なんかしないから許して!!」
リビングに入ったと同時に何かに抱きつかれて、思わず
「キャー!!」
と大声を出してしまった。
「どうしたの?」
と須藤くんもリビングへ入って来た。
「え……お前……誰だよ」
「あ、須藤です」
須藤くんがお辞儀をした。
「え……
うっかりすっかり忘れてた! 昨日、須藤くんを見つける直前に拓人が今日来るって電話してたんだった!!
え、これヤバい? ヤバい? どうしよ?!
「杏紗ひとりっ子じゃなかったっけ? まあいいや。ほんっとに気の迷いだったんだ。ほら、3年も付き合っててさ、この1年は同棲始めてさ、杏紗がそばにいるのが当たり前になったって言うか、刺激が欲しかったって言うか……ゲーム感覚だよ。この女を落としてみたい、みたいな。それだけ! 落としたら終わりだったんだよ」
「だから何? この女を落としたいって思った時点で浮気なの! 言ったでしょ? やったから怒ったんじゃないのよ、そのタイミングで浮気が分かったから怒っただけ。落としたいって思った時点でもう私には無理なの!」
「そんなこと言わずにさ! 俺には杏紗しかいないって分かったんだ!」
「何浮気したら本当に愛する人が誰か分かったな方向に持って行こうとしてるのよ。やってみたら何か違っただけでしょ! バレバレなのよ!」
「そうなんだよ! いざ他の女とやったらさ、杏紗ってやっぱりいい女だなーってよく分かった!」
そうなんだよ?! そうなんだよって言った?! 私を褒めてるとでも思ってこんないい笑顔で言い切ってんの?!
「お姉さん、いい体してるもんねー。ヤミツキだよねー」
沈黙が流れた。須藤くんデッカイ爆弾放り投げたなあ……。
「お前……杏紗の弟じゃないのか」
普通苗字が違う時点で分かると思うんだけど、拓人はバカだから勝手に弟だと勘違いしてくれてたみたいだったのに!
私が言い出したんじゃないもん、向こうが勝手に勘違いしただけだもん、って言えたのに!
そんなこと言ったらさすがに……
「お前……杏紗とやったな? ヤミツキなんだな?」
「昨夜やった。ヤミツキだ」
「おかしいと思ったんだ! ベッドの枕の位置が逆になってたから!」
そっち?!
「だって、須藤くんが壁が右側にある方が寝やすいって言うから」
「お姉さんも壁派なのにごめんね? 何回かベッドから落ちちゃってたもんね」
「いいよ、そのうち慣れると思うし」
「お前らその会話よく俺の前でできるな?!」
「お姉さん、この人誰?」
さすがに、須藤くんは論点を外さないなあ……。
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