完全版 青春短し、恋せよ乙女――ただし人狼の。 08
これは後から聞いた話。
その時、屋上から降りてきた
「ヤーマダ君!こっち、こっち来いや!」
「
お前もいたのか?、とか、なんでここに?とか聞こうとしたのだろう山田君を制して、銀子は山田君を廊下の先、非常階段の方に行くよう促した。
「……ったく……一体、何が何だか……」
全速力で三階まで駆け上がった山田君は、ちょっとだけ壁にもたれて息を整える。
「……一言では言われへんのやけどな、
「……悪酔い……」
苦笑して言う銀子に、山田君はあきれて絶句した。
「……来た。いい鼻してるわ、ホンマ……」
あたしが校舎に入ったのに気付いた銀子が、山田君を非常階段の方に押しやりながら、言った。
「ここでウチがくい止めたるさかい、ええからとにかく逃げ。上に
「……無理すんなよ」
銀子の指示に妙に素直に従って走り出しつつ、山田君は言ったそうだ。
「ケンカじゃ狐は狼に勝てねぇからな」
「……え?」
唐突な山田君の一言。その一言の意味を理解するのに時間がかかり、かけるはずだった術は不発に終わった。そして銀子は、その直後に、山田君しか見えていないあたしに、後ろから跳ね飛ばされた。
銀子、ホント、ごめん。
「ほおらヤーマダ君、鬼さんが来はったえ」
屋上の隅のフェンス際で、まるで楽しんでいる様に、山田君の隣に立った
いや、環は本当にこの状況を楽しんでいるのかも知れない。環の神通力には、さすがのあたしでさえ敵わないのだから。
あるいは、もしかしたら環には、この後の展開が既に読めていたのかも知れない。何しろ環は、あたしや
「悪い冗談よしてくれ
及び腰で、それでも環の後ろに隠れるようなことはせずに、山田君は少しだけ環から体を離して、環に苦言を述べる。
二人の視線の先に居るのは、あたし。屋上の階段出口の扉を開けて、満面の笑みをたたえて山田君に一歩ずつ近づく、あたし。
「あのね?山田君」
あたしは、あたし自身、素面で聞いたら恥ずかしくなる様な可愛らしい声で、言った。
多分、ものすごく可愛らしく、笑っていたと思う、良く覚えてないけど。
「あたし、
「だから
あたしもそう思う。だって、この時のあたしは、耳と尻尾は出てたし、爪も伸びてたし、口元だって犬歯がかなり大きくなっていた。でも、その時のあたしは、そうは思ってなかった。
「……初めてなの、こんな気持ち……だから……」
「よしわかった、まあ待て、話し合おう。話せばわかる。だから……」
政治家みたいな答弁で何とかその場をしのごうとした山田君だったけど、もちろん、その時のあたしが聞く耳を持っているわけがない。
満面の笑顔のまま、あたしは、三メートルほどの間合いを、一跳びで詰めた。
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