第5話 刹那の時間

 なにかが変だ。僕はあの建物を出るべきではなかったのか。

 ゆっくり、まっすぐに、僕の顔を指さす白く細い人差し指。

 緊張でつばを飲み込んだ時、女の子が左の方向を指す。


「向こうに沼がある。そこを越えればあと少し」

 不安と不思議が、この子といる時間が長くなればなるほど、大きく僕の心に広がっていく。

 でも僕がその違和感を口に出そうとすると、この子は必ず僕の意識をそらす言葉を口にする、その事が結論を遅らせている「少女と別れる」という判断を。


 だいたいあんな何も無い場所で、彼女は何をしていたんだ?。

 時々見せる怖い表情。何故か名乗らない。そういえば神社の男の子もそうだった……。

「うん? 神社の子って誰だ?」


 かなり先を進む女の子が立ち止まった。

 女の子は無言で右手を挙げて指さした

 一本の木が沼の間を渡されていた。

 橋と呼ぶには単純すぎる、面のもとってない丸い形のままの丸太橋だった。


 心の中の違和感は最大に達する、やはりおかしいこの子は……でもそれならなぜ、僕はこの子についてきたんだろう。

「あの橋を渡れば街はすぐよ。さあ、早くして」

 女の子が僕を急がす。落ちた時のことを想像すると、橋に近づくのさえ気が進まなかった。煮え切らない様子を見ていた女の子は、苛立ちを見せはじめる。

再び一本木の橋を強く指さし僕に決断を急がせた。


 空を見上げると快晴ではあるが、さっきより雲が増えて、太陽も中間くらいまで落ちてきている。それに戻っても僕には帰り道は分からない……選択の余地はない。


「さあ、気をつけてね」

 どうぞと手を差し出す女の子、一本木の橋に片足をかけた僕。

 枝を落しただけの 木の姿のままの橋は、水分で皮が剥げ落ち、所々腐っている。深呼吸をして足に力を込める。両手を左右に広げバランスを取って二歩目を踏むと、丸太に生えた緑色の苔に靴底が滑る。


 足の下の下には底が見えない沼。

 今まで感じたことが無かった恐怖の気持ち。

 踏み出した二歩目以降、先にも後ろにも動けない。

 額からと首筋から汗が流れ始める。

 助けを求めるように女の子を見ると、彼女は猫のような大きな目を閉じた。


「ばかみたい……いくじなし。こんなのが良いなんて……あの子はどうかしてる……落ちて」


 女の子は冷たく小さい手で僕を押した……落とされた。

 落ちた勢いで頭まで水に潜った僕は慌てて顔を出す。

「……土地神の名前も忘れた愚かも。竜の流れに飲み込まれればいい」

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