第8話「通り雨」「手を振る」「覚えてる」で苦しげなお話を。
別れの意思は伝え合った。
もう向かいに座る彼女は恋人ではない。
今私は、ついさっき元がついた恋人とチェーン店のコーヒーに目を落としている。
黒い、いや濃い茶色の水面に天井の灯りが揺らめいた。
目を上げると、穏やかな目をした彼女がいた。こちらの言葉を待っていることが分かった。分かってしまった。
こちらから別れを、改めて告げなければならない。
もう戻ることもないだろうけど、胸に亀裂が走った音が、痛みが聞こえた。
「それじゃあ、お別れだ」
そう告げて席を立ち、思い出したように、伝票を取る。
目の端に、久しぶりに遠慮や後ろめたさの顔を見て。
律儀な娘だなと、最初会った時を思い起こしながら話にかまけて残ったコーヒーを指し、出口に向かいながら後ろ手に手を振る。
これで終わりだ。と晴れた空の下で泣いた心を自覚した。
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その時の気持ちを覚えてる。
いや、思い出した。
あの時は、晴れた日の店の中で。お互いに話し合って。
今日は怪しい天気の、いや通り雨が振る交差点で。
彼女は、かつての恋人とよく似た表情で、違う言葉を零した。
もうだめだね。その言葉に、肯定しか返すことが出来なかった。
彼女は交差点を渡り終わり、こちらに小さく手を振った。小さく、伝わることが目的のささやかな別れの合図。もう会うこともないだろう。
かつての恋人と今しがた別れた恋人は出会ったきっかけも終幕も舞台もちがう。のに。
なのに、結末だけ似てしまうのか。
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