第210話 準備の方はよろしくて?

「姫ちゃん、いい感じへびー」

「そうですわね。この感じ、悪くないですわ」


 大空を軽やかに舞うのは新たな姿を得たペネロペ。

 レオへのお願いはこの大改修を行うことだったのです。


 オデュッセウスとの連携を最重視した結果、辿り着いたのはドラゴン形態への変形機構でした。

 レオが気持ち良く、戦う環境を整えるには私がサポートをすれば、よろしいんですもの。

 そして、生まれ変わったペネロペはペネロペ・ドラコーンという新たな名を冠しました。

 その名にふさわしい姿も異形の竜、そのものです。


 蝙蝠を連想させる真紅の大きな一対の翼。

 先端に鋭い二本の棘を生やし、多重関節で構成された長くうねった尾。

 鋭く尖った流線形を描く頭部には頭頂部から伸びる角と真紅に輝く単眼で飾られています。

 空の女王と言ってもいいこの姿であれば、天空もたやすく支配出来そうですわ。


「レオ? 大丈夫かしら?」

『うん。大丈夫。問題ないよ』

『レオ! ノル! スキ!』

『うるさいって』


 オデュッセウスの中は相変わらず、騒がしいようですが問題なく、合体は出来てますわね。

 ただ、合体と申しましても完全にドッキングする訳ではありません。

 ドラゴン形態になったペネロペ・ドラコーンの背にオデュッセウスを乗せて……


『リーナ、やらしいことを考えてなかった?』

「考えてませんけど!?」

「姫ちゃん、顔が赤いへびー?」

「ふぇ!?」


 そういう合体ではありませんのにおかしいですわね。

 だいたい、レオが用意した専用スーツがおかしいのですわ。

 ほぼ水着ですのよ?


 肌を覆っている部分より、露わになっている部分の方が遥かに多いんですのよ?

 レオが他の人には見せないようにと大きめのローブで誤魔化していたのですけど、ローブの下は水着ではバレた時、変態扱いされますわ!


『そんな変態でも好きだから、怒らないでよ』

「怒ってませんわ。ただ、恥ずかしいだけですし……レオにしか、見せませんから」


 そもそもがレオが希望した衣装です。

 でも、恥ずかしい思いをするのは私ですわ。

 納得いかないのが半分、かわいいと褒めてもらえるので嬉しいのが半分。

 微妙な心持になりますわね。


「レオ。見えてきましたわ。準備の方はよろしくて?」

『大丈夫だよ』


 私の上でレオが……間違えましたわ。

 滞空するペネロペ・ドラコーンの上でオデュッセウスが動き始めたのです。

 ドッキング状態でないと使えない専用特殊武装・壊現象砲フェノメーンブレッヒェンカノーネを構え、遥か天空に浮かぶ赤き星に照準を合わせています。


 レオがおとなしいのはそれだけ、集中しているのでしょう。

 何より、壊現象砲フェノメーンブレッヒェンカノーネはオデュッセウスよりも大きな長射程魔導砲アルケインカノンです。

 構えて、照準を合わせるだけでも相当な負担がかかるはずですわ。


『狙いはついたよ。大丈夫かな?』

「ええ。レオなら、大丈夫ですわ」

『分かった。よし……行けえええ!』


 レオの気合の籠った男らしい掛け声とともに上空に向けて、壊現象砲フェノメーンブレッヒェンカノーネから、凄まじい質量の光条が放たれました。

 私とレオの魔力が混ざり合った七色の輝きを放つ光条は赤き星に向け、一直線に突き進んでいきます。

 美しさと恐ろしさが入り混じる奇妙な感覚を覚えますわ。


『弾かれた!?』

「……そのようですわね。壊現象砲フェノメーンブレッヒェンカノーネは無事ですの?」

『うん。問題なさそうだ』

「それなら、まだ手がありますわ。うふふっ」


 試射ですから、最大出力ではないにしてもやはり、いきなり本陣を狙うのは無理がありましたのね。

 もし、うまくいけばと思ったのですけど、さすがに距離がありますし、向こうも手立てを考えていたということかしら?

 ならば、別の贄を探せばいいだけのことですわ。


『リーナ……何か、悪いこと考えてない?』


 本拠地が無理なら、手近に浮かぶ前線基地を標的にすれば、いいのです。

 簡単ですわね。

 あれならば、近いですから、威力の程度を知るのにも丁度いいですわ。


 その夜、天空から燃え盛る星の欠片が海へと降り注ぎ、そのロマンチックな情景が大いに話題となる。

 その原因がまさか、二機の魔動騎士アルケインナイトによるものだとは誰も知らない。




 強襲形態アサルト・モードの試験を終えたテイレシアスはアルフィン城地下工廠のハンガーで一時の休息の時を迎えていた。


 デュカリオンはせわしなく動く研究員の姿を横目に炭酸水を喉に流し込み、ベンチにぐったりと横になる。

 体に残る疲労は相当な物だ。

 しかし、それ以上に久しぶりに水の中を自由に動き回れた充足が彼の心を満たしていた。


 ふと気配を感じ、デュカリオンが警戒心を持ちながら、視線を送った先には奇妙な三人組の姿があった。


 一人はデュカリオンの腰より少し高いくらいの背しかない。

 顔は人のそれではない。

 鋭い嘴と血のように赤く染まった無機質な目を備えており、海辺に生息する空を飛べない鳥類によく似ていた。


 一人はクラシカルな裾丈の長いメイドドレスに身を通し、凛とした佇まいを見せている。

 スカートの下からは鱗に覆われた尾が伸びており、蜥蜴を思わせる爬虫類のような容貌をしていた。


 今、一人はさらに奇抜な風貌をしている。

 口は大きく裂けており、除く牙は鋭く、まるでナイフのようだ。

 それ以上に奇妙なのは金槌を連想させる形をした頭の形状だった。

 金槌で言うところの口に目玉がぎょろついているのだ。


「お初にお目にかかります。隊長殿」


 右目に片眼鏡を掛けた人鳥ペンギン顔の男性が三人組の代表なのか、まるでマスコットか、ぬいぐるみのような外見には似合わない落ち着いたバリトンで喋り始める。


「吾輩はジェフティでございます。こちらの淑女はアビゲイル、こちらの紳士はフエルサでございます。以後、お見知り置きを」


 ジェフティは言い終えると片眼鏡を軽く直す。

 サイズが合っていないのではなく、無意識のうちに手をやり、直すのが彼の癖のようだ。


「隊長のお世話はアタクシ、アビーにお任せくださいまし」


 墨を撒いたようなきれいな鱗の蜥蜴娘は威圧感のある容貌からは想像出来ない鈴を転がすような声をしていた。


「拙者はフエルサでござるよ。よろしくなのでござるよ」


 ハンマーヘッドシャークによく似た顔の男は大柄で筋肉質の体を少しでも小さく見せようとしているようだ。

 猫背になりながら、とぼけた調子で喋る男の様子は腰が低く、これ以上ないほどに友好的なものだった。


「は、はい? 隊長? 何のことー!?」


 突然、繰り広げられた自己紹介に意表を突かれたデュカリオンは大きな目を零れ落ちんくらいに開くと時が停止したように慌てて、飛び起きた姿勢のまま、固まっていた。


 暫くの放心の後、回復したデュカリオンに説明好きなジェフティが説明不足の謝罪を含め、語り始めた。

 デュカリオンを隊長とし、水陸両用の魔動騎士アルケインナイト四機で編成される特殊部隊が結成されたこと。

 トリトンを改修した三機の魔動騎士アルケインナイトがジェフティ、アビゲイル、フエルサの乗機であること。

 三機がそれぞれ、アスタコス、アクティニオン、カルキニオンと名付けられており、特殊な仕様となっていること。


 全ての説明を聞き終わったデュカリオンは真っ白に燃え尽きていたと言う。

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