第209話 思い切った見た目になったね
「設計図以上にあちこちが変わったみたいだね」
「今回、新しい機構を取り入れましたのよ? それに伴って、改修計画にもいくつか修正せざるを得ませんでしたの」
アルフィン城の地下工廠は活気に満ちています。
カーモフ博士が新たな責任者に就任した時もお祭り騒ぎになっていたようですが、それ以上の熱気に溢れていると言っても過言ではないでしょう。
デッキに並んでいるのは既に再調整と大改修が終わったペネロペを始めとした
しかし、並んでいるのは
その傍には
「ペネロペはここまでいじらないと駄目だったのかな?」
「変形機構を取り入れる以上、大幅に手を加える必要がありましたのよ」
若干の好奇の視線を感じるのはレオの膝の上に乗せられて、ずっと髪を梳かれているせいかしら?
今日はシンプルなポニーテールに大きめのリボンをあしらい、前髪を髪飾りで留めています。
レオは意外とこういうシンプルなのが好みなのか、朝からずっといじられているのです。
「それにしても思い切った見た目になったね」
「そうとも言いますわね」
相変わらず、私の髪を指で弄びながら、呆れているとも褒めているとも取れるような言い方をするところがレオらしいですわ。
数人の研究員により、調整が行われているペネロペですが、人の形を成していません。
両足が膝で折りたたまれ、逆関節を思わせる形状に変形しており、それに従うように体もやや前傾姿勢になっています。
人と同じ五本の指を備えた掌も格納され、下腕に装備されていた
頭部も左右から張り出していた角飾りが折りたたまれ、人というよりは単眼の竜を思わせる形状になっていました。
背中に備え付けられていた純白の翼――
お尻に当たる部分からは多重関節で構成された長大な尾が伸びているので……遠目に見たら、ドラゴンに見えるかもしれません。
「でも、これでレオを載せて、運べますのよ?」
「リーナのお願いなのに結局、僕の為になってない?」
「いいのです。だって、レオの為にしたいんですもの」
何かを刺激したような気がしますわ。
まずいことを言ったかしら?
気づいた時には唇を奪われていました。
危うく、酸素不足になるくらい激しかったですわ。
全面改修を行ったペネロペの傍でいつものようにいちゃつきだす領主とその婚約者。
そんな姿に送られる視線は意外なことに微笑ましいものを見るように優しい……生温かいものである。
アルフィンは良くも悪くも二人によって成り立っているからだ。
「デスからデスね」
一対の翼を備え、鋼鉄の鎧を纏った鳥はガル・ウイングと名付けられた新型の魔動兵器だ。
その隣には
三機の新造魔動兵器の前で
「聞いてるんデスか!?」
オーカスの前で彼の怒気に曝されながら、全く気にも留めない様子の影が二つ。
一人は背に金色の翼を宿し、猛禽類を思わせる
もう一人は大の大人を二人縦に繋げたのと同じほどの巨躯を誇りながら、手鏡というにはいささか、大きな鏡を手にメイクに余念がない。
「ハルポクラテス、アステリオス、ちゃんと聞くデス」
オーカスは色白の顔を真っ赤にしながら、鼻息荒く息巻くが二人の態度はつれないものだ。
「ん? 何か、言ったかね?」
ハルポクラテスと呼ばれた男はオーカスの怒りなど、全く、意に介していない素振りで翼の手入れを始めている。
ハルポクラテスは孤高を貫く変人として、有名だった。
太陽の加護を受けた麒麟児。
風の精霊の加護により、空を自由に舞う翼を持つ
ハルポクラテス、ただ一人である。
それゆえ、彼は孤独にならざるを得なかった。
「まあ。オーちゃんって、よく見るといい男ねぇ~」
パフを顔に当てるのをやめた大柄な男の顔は人のそれではない。
口許にべったりと紅を塗り、白粉を塗りたくったその
アステリオスは魔物とされるミノタウロスの一族なのだ。
「こいつらの面倒みるとか無理デス……」
デュカリオンはその整った顔を苛立ちで僅かに歪めていた。
「面倒だな~。僕のトリトンはあのままでよかったのにさ~」
ペネロペや三機の新型魔動兵器から、やや離れた場所でも忙しなく動く研究員による稼働実験が行われている。
従来のトリトンには陸上での動作が鈍いという致命的な弱点がある。
これを解消すべく先行量産型であるトリトンDに大改修を行い、新機構を取り入れたのだ。
その結果として、トリトンD型は新たな制式名テイレシアスに生まれ変わった。
「何か、スッキリしちゃって、気に食わないんだよね~」
デュカリオンが眉間に皺を寄せ、難しい表情をするのもおかしなことではない。
違和感を感じるという程度では済まない明らかな相違だ。
まず、頭部という区分がなく、頭と胸部が一体化した独特なデザインが一新された。
左右に羽飾りを冠した細面の美しい頭が備わっている。
六本の爪がなくなった両腕には人と同じ、五本の指を備えたマニュピレーターが装備されており、大型になったショルダーバインダーが威圧感を放っている。
やや蟹股のような形状になっていた両足は細く、しなやかな物に変わっており、脛の後部に追加装甲として、トリトンの名残が見られた。
『まずは
「それじゃ、いっくよ~」
ハンガーから、地上へとリフトアップされたテイレシアスはデュカリオンのアグレッシブな意思に沿うかのように大地をしっかりした足取りで駆け始める。
「はやっ!?」
トリトンの時にはまるで見られなかった強い加速にデュカリオンは驚きを隠せない。
自身が優れた身体能力を有するデュカリオンである。
地上において、動きについてこないトリトンをもどかしく思う気持ちはあったがこれはそんな代物ではないと気付いたのだ。
『腰に携行武装が装備されております』
「分かった。これかな? 柄だけしかないよ?」
『魔力を充填する
「なるほどね」
刀身の代わりに青白い光を発する二振りの剣を手にしたテイレシアスは剣舞を演じるように軽やかな動きで大木を切り刻む。
数秒もしないうちにきれいに処理された製材が大地に積まれていく。
「確かにすっごいね~」
『では
「はいはい。やれば、いいんでしょ~」
それまでやや、お道化た表情を浮かべていたデュカリオンの眼差しが真剣な物へと変わる。
その空気に応じるようにテイレシアスにも変化が生じていた。
大型ショルダーバインダーが変形を始め、下腕部を覆うとトリトンと同じ六本の爪を備えた特異な形状の腕に変じていた。
脚部に備えられていた追加装甲が太腿と脛を包むように覆っていき、細身を帯びたデザインから、マッシブな物へと変わっている。
戦乙女を思わせる頭部も背部に折り畳まれていた増加装甲がフードを被るように頭部を覆い、トリトンと似た形状の頭と胸部が一体化したものになっていた。
「なるほどね~。これは確かに僕のだね~」
デュカリオンは口角を僅かに上げ、薄っすらとした笑みを浮かべると慣れ親しんだ愛機を湖に身を投じるのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます