第208話 リーナが怒ったからだよね?
クレモンテ領における
カシエの壊滅と広大な土地の汚染という大きな被害が出たのにあまりにも呆気ない幕切れに困惑を隠しきれません。
アンディの駆る風魔が黄色く、ピヨピヨと鳴く、丸っこくてかわいらしい生き物を連れてきて、事件が解決しました。
離れ離れになっていた親子の再会ですから、感動的な場面なのですけど、十メートルを超える巨体ですもの。
感動的なのに何かが違います。
そんな気がしてならないのです。
「リーナ、難しい顔になってるね」
「あの件で私達が赴く必要あったのかしら?」
「う、うん。まあ、グティの性能試験と考えたら、いいんじゃないかな?」
レオは右手で髪を一束、掬い取って、丁寧に梳きながら、左手では私の体を支える
ええ、いつも通りですわね。
執務室でお仕事をしている時はいつも、こうですもの。
膝の上に乗って、書類の処理を手伝いつつ、レオを癒して差し上げる。
たまに癒しが必要なのは自分の方のような気がしないでもありませんけど。
「ですが、グティは要調整になりましたけども?」
「そ、そうだね」
今日はストレートにして、サイドをリボンで飾っただけのシンプルなスタイルなのでレオも髪をいじりやすいのかしら?
いつも以上に触られている気がしますわ。
「レオが無理な使い方をしたからではなくって?」
「え? 僕のせい? リーナが怒ったからだよね?」
誤魔化そうと思っているのか、器用にも服の上から、強めに胸の蕾を摘まむのですけど無駄ですわよ?
今日のドレスはヴィクトリアンドレスですから、簡単に脱げませんもの。
レオの場合、脱がしにくいのも燃える! と言いそうですけど。
「言わないけどねっ!」
「………」
半目でジトッと見つめるとスッという勢いで目を逸らしましたから、自覚はしているみたい。
それでも胸を揉む手の動きを止めないところはさすがですわね。
「まぁ、いいですわ。お願いを聞いてくださるのでしょう?」
「え? 本当にあの改修案を通すのかい?」
「貴重な素材も入手出来ましたし、色々と出来ると思いますのよ?」
「そうなんだけど、本当にいいのかな?」
「いいのです。私がそうしたいのですわ」
今回の
それにプサンと名付けられたもっとも若いコカドリユ。
彼らは神代にベルゼビュートと盟約を結んだ一族の末裔だったのです。
極力、人と関わらないように生きてきたので知られることなく、連綿と血を受け継いできたのでしょう。
それを破ったのは欲に塗れた人であって、彼らに責はありません。
まず、かなりの土地が毒により汚染されたクレモンテ領ですが、アリアドネを効果的に運用すれば、問題がないレベルまでの浄化が可能です。
攫われたプサンも無事に親元に戻りましたから、これで御相子。
両者手打ち。
お互いにこれからも関わることなく、生きていく……とはならず、信頼関係に基づく関係を築けそうです。
これもレオのお陰ですわ。
問題のないことが分かった以上、コカドリユが閉塞された地域に閉じこもらなくてもいいのです。
いずれ、彼らの名はクレモンテを守護する竜として、知られることでしょう。
「それでこの設計図は?」
「グティの改良案ですわ」
グンテルは元々、誰にでもというと語弊がありますけど、騎士団に入れる素養がある者であれば、動かせるように調整されています。
それゆえ、その性能は推して知るべしといったもの。
最大限まで引き出してもレオの力に追いつかないのは致し方ないことなのです。
あの時もレオがちょっと本気を出しただけで過剰な負荷がかかり、機体が激しく損傷しました。
腕の神経回路がズタズタに断裂したので左腕が壊れ、両足も要求される動きについてこれず、自壊しました。
レオが言うには私から、漏れた魔力のせいらしいのですけど。
「砲撃支援型は簡単に出来そうだね。でも、このアナンセセムって……何?」
「グティをより白兵戦向けに再調整し、専用の特殊武装アビリディアブラダを備えた格闘戦用
「左腕の盾に
こういうところがレオはかわいいのですわ。
すぐにでも彼の頭を胸に抱きしめたいのですけど、そんなことをしたら、この場で机の上に押し倒されますものね。
さすがに三回も経験したので、学びましたわ。
「大丈夫ですの?」
「うん。大丈夫だよ。ちょっと痛いだけ。リーナが舐めてくれたら、治るかも」
無理でしたわ。
結局、しょぼくれた仔犬みたいな表情をされたら、放っておけなくて。
つい自分から、顔を近づけて、レオの唇を奪って、傷を舐めてしまったのです。
そうなったら、どうなるか。
火を見るよりも明らかですのよ?
アルフィンはここ一週間ほど、いつにない賑わいを見せている。
それというのもクレモンテ領からの避難民を収容したからだった。
浄化作業は癒しの魔法に長けたエレオノーラを主軸に行われた。
アナスタシアの操るアリアドネに同乗し、アリアドネを介して、広範囲を浄化することでより効率的な作業が行えたのだ。
それでも作業が終わり、彼らが帰宅出来るのは少なくとも二週間は先のことになりそうだった。
領主に関わりの深い者は事が落ち着くまで城の方で預かることになった。
原因となった領主アメリストに危害を加える者が出ないとも限らないからだ。
乱入した風魔により、コカドリユの雛プサンを取り返されたアメリストの取り乱し方は尋常ではなく、さながら狂人のように怒り狂うと自ら馬を駆り、風魔を追跡しようと試みた。
しかし、彼は馬に辿り着くことが出来なかった。
上空から、舞い降りた
「ワ、ワシはああ……いや、余はああああああ……」
清浄なる真白き光の柱に包まれたアメリストの体から、まとわりつくように絡んでいた黒い瘴気が消え去り、残されたのは呆けた表情で立ち尽くす、ただのみすぼらしい男の姿だった。
まるで憑き物が落ちたように物静かな男になったアメリストは抗うことなく、身柄を確保される。
彼は混沌の手の者に悪意を植え付けられただけであると断じたレオンハルトにより、賓客としての待遇を受けることになる。
アメリストの嫡男であるイレネリオはアンドラスの手によって、軟禁先の一室から救い出されていた。
アリアドネを介したレライエの避難勧告にいち早く従い、落ち延びていた。
彼を含め、多くの領民が待機していたコボルト猟兵団の避難車両によって、アルフィンへと無事に避難したのである。
避難先での暮らしはいささかの不便さはあったもののいずれ、故郷に戻れるという希望を胸に抱く彼らはめげることがなかった。
その先頭にはまだ九歳という年齢ながら、避難民を鼓舞するイレネリオの姿があったという。
彼らの懸命な姿に感銘を受けたアルフィンの住民は多く、義援金や援助の手が差し伸べられていき、復興の足掛かりとなるのだった。
イレネリオはアルフィン在留中にその魔法の才を認められ、死者の王ベルンハルトに弟子入りすることになるのだがこれはまた、別の話である。
避難民とは別に壊滅したカシエから、救出された二名の生存者ヨムとブラキオンはまた、別の運命をたどることになる。
毒により、左腕と右目を失った若き傭兵ブラキオンは当初、生きる希望を失い、屍のように鬱々とした日々を過ごしていた。
しかし、転機が訪れる。
冒険者ギルドバノジェの元支部長ジロランドとの出会いは彼の人生を一変させた。
後に隻腕隻眼のソードマスターとなる未来が待ち受けていることを彼は知らない。
家族や仲間を失ったヨムもまた、数奇な運命を辿ることになる。
故郷を奪った存在とも言えるコカドリユと心を通わせ、プサンと親友になることをこの時の彼はまだ、知らない。
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