第198話 レオの好きなように予算を使ってくださいませ

「そうですわ。あのモノらと戦うだけであれば、魔動騎士アルケインナイトに頼る必要がないのは分かっていて?」

「「え?」」


 おいたをし始めているレオの手首を軽く抓ってから、耳元で『後でゆっくりお願いしますわ』と囁きました。

 また、まずいことをした気がしてなりませんけど、二人きりになったら、『後で』は確定ですもの。


「混沌と戦うにあたって、手を抜くのが危険なのは分かりますでしょう?」


 三人とも程度に多少の違いがあるだけで首を縦に振ってますから、その点は理解しているようですわ。

 レオの場合、分かってはいても戦いを楽しもうとするあまり、相手に失望すると手を抜いてしまう癖があります。

 これは私がサポートをするので問題ないでしょう。


「では、そうした場合、どうすればいいのかしら?」

「手を抜けないのなら、真・獣形態に……あっ」

「どういうことわに?」


 ナーシャはまだ気づいていないけれど、この子はこれでいいと思うのです。

 変な考えに凝り固まるより、無垢で純真なままでいて欲しいと思うのはエゴかもしれませんけど。

 レライエは気付いたようですわ。

 ええ? レオは指で太腿に字を書くのをやめてくださいません?

 気が散って、仕方ないのですけど!


「そうなれば、また同じことを繰り返すのではなくって? 人は大きな力を前に歩むことを忘れてしまう生き物。そして、大きな力をやがて、畏れる生き物ですわ。だからこその魔動騎士アルケインナイトですのよ?」


 言葉を言い終え、二人を見やると瞳に静かな闘志が燃え上がるのが分かります。

 レライエの肉体は仮初のホムンクルスですから、無理をさせられませんが、ナーシャはあの性格ですもの。

 共に前線に赴く日も遠くないでしょう。

 それなら、なぜ魔動騎士アルケインナイトを使うのかという理由を知っておくべきですわ。


「あのお姉さま。分からないことがもう一つあるのです。アルテミシアをなぜ、帝国に引き渡すのですか?」

「勿体ないわに!」


 それも気になるとは思ってましたのよ?

 アルテミシアにはオデュッセウスとペネロペと同クラスの技術を注ぎ込み、コスト度外視での建造を予定しています。

 炎の魔神と言っても過言ではないほどに火焔に拘った魔動騎士アルケインナイト

 そして、、レライエが口にした通り、帝国への引き渡しが既に決まっているのです。


「理由は二つありますの。一つ目が大事なのですけど、それは……」

「「それは?」」

「アルテミシアの力を最大限、使いこなせる人間が帝国にいるからですわ」

「「えぇ!?」」

「二つ目はニコライ・フォン・カーモフ侯爵を技術顧問としてではなく、アルフィンで預かる交換条件ですのよ?」

「パパですわに!?」


 炎を操れる者という観点で考えれば、高い適性を持つベリアルでもアルテミシアを使いこなせるはずです。

 でも、それはあくまで使いこなせる

 アルテミシアのポテンシャルを最大限に使いこなせる訳ではないのです。

 それが可能なのは私の知る限り、あの子アリーゼしかいません。

 だから、帝国に渡す必要があるのです。

 これが一つ目の理由。


 ナーシャの父親であるカーモフ侯爵はナーシャがアルフィンにいると知って、爵位と領地を全て返上し、下向すると公言したという情報が伝えられたのは先日のこと。

 二人の親子の絆が強いとは聞いてはいいましたけど、そこまでとは知りませんでした。

 ニコライ博士と言えば、帝国でも名の知れた付与魔術師エンチャンターにして、隠れた兵装設計士。

 帝国に恩を売ることが出来るだけでなく、こちらの望みも叶うのです。

 利用しない手がありません。

 これが二つ目の理由ですわ。


「ねえ、リーナ。それはいいとしてさ」

「な、なんですの?」


 レオに太腿をさするように撫でられ、背筋がゾクッとするような妙な感覚を覚えて、非常にまずいですわね。

 胸の高鳴りが止まらず、危ないですわ。


「こういうのはダメかな?」


 レオの反応が期待していたのとは違うものでしたから、少々、戸惑いを隠せません。

 彼が差し出した手には一枚の紙がありました。

 そこに描かれているのは三体の魔動騎士アルケインナイトの設計図と姿絵。

 でも、気になって仕方がないのはもきゅっとしたかわいらしい絵柄の豚さん、鳥さん、牛さんのイラストかしら?


「このイラストはどなたがお描きになりましたの? すごくかわいいですわ」

「そっち!? い、いや。描いたのは僕だけどさ」

「まぁ、レオでしたのね。これは……売れますわ!」

「はい?」


 間違いありません。

 このもきゅとしたつぶらな瞳、丸っこいお顔。

 これが売れないはずがありません。

 早速、商業化を考えないといけませんわね。


「リーナー! 戻って。そこじゃないから!」

「ふぇ? あっ、はい……」


 やや手荒に揺さぶられ、彼の手が胸に当たったので少し、落ち着きました。

 レライエとナーシャからも生温かい視線を向けられるので少々、居心地が悪いですわ。


「オーカスを隊長とした特殊部隊を創ろうと思うんだ」

「んんん? 特殊部隊ですの?」


 レオはまた、妙なことを考えたみたい。

 妙なことでも変なことでも……例え、アレなことでもいいのですわ。


「ダメだよね?」


 シュンとしたレオの様子に耳が垂れて、項垂れた真っ黒な仔犬が上目遣いに『くぅ~ん』と鳴いているような幻が重なって見えます。

 かわいいですわ。


「いいですわ。レオの好きなように予算を使ってくださいませ」


 言ってから、ハッと気付きました。

 レオが望むことは何でも叶えてあげようと心に固く誓ったのです。

 オーカスに特殊な部隊を与えようとも何の問題も……。

 いいえ、大いにありますわ。

 大丈夫ですの? オーカスですのよ?


「お姉さま。あの者では不安なお心、分かりますわ。ここはあの耳の長い娘をお目付け役に付ければ、よろしいのでは?」

「パパに設計を任せれば、問題ないわに」


 かわいい妹二人のお陰でレオに喜んでもらえ、なおかつ、問題も起こらないかしら?

 そうと決まれば、早く動かないといけないですわ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る