第197話 新たな開発計画の話し合いですわ

 新たなダンジョン『不見の塔』が出現してから、三ヶ月が経ちました。


 ナーシャを連れ帰りたい私と邪魔されない静かな場所を求めるメテオール卿。

 両者の思惑と利害が一致したので、ダンジョンは彼に任せることにしました。

 勿論、反対の声も上がったのは事実です。

 しかし、勢力の均衡による平和を常に画策してきた男を野に放つより、目の届く範囲に置いておくべきでしょう。


 そして、今日も執務室で平穏な一日を過ごしておりますの。

 レオの膝の上に乗って、見つめあうのはいつものこと。

 口が寂しそうな彼の口元にお茶請けを持っていきます。

 もっしゃもっしゃと吸い込まれていくのはちょっと焦げ茶色をしたクッキーです。


 焦げ付いたのは私のせい……。

 形に凝って、熊さんや兎ちゃんとかわいらしく出来上がったのですが残念なことに全て、濃い茶色をしています。

 焼き時間を少々、失敗したようですわ。

 でも、これくらいのミスはいつものことですから、レオは気にせず『おいしい』と言ってくれるでしょう。


「塩気の強いクッキーって、新しいね。ほのかに感じるちょっとした甘味が堪らないよ。おいしいね」

「んんん?」


 妙な単語が聞こえましたわ。

 塩味で甘味が隠し味?

 そんなはずはないのですけど……。

 レオは甘い物が特別、好きではありません。

 だから、隠し味として少量の塩を混ぜたのです。

 確認の為に一つを口にしてみました。


(遠くに感じる塩味ではなく、遠くに感じる甘味になってますわ!)


 これは取り返しのつかない失敗ですわね。

 塩と砂糖を間違えて、入れたようです……。


「疲れている時に食べたら、最高じゃないかな?」

「そ、そうですわね」


 レオは優しいから、私がショックを受けないように『おいしい』と言ってくれたのでしょう。

 これは少なくともクッキーではありません。

 形はクッキーですけど、しょっぱいですわ。

 クッキーではない別のスイーツに進化してしまったのね……。


「おいしいわにー」

「さすが、お姉さまですわ」


 塩味のクッキーではない何かを口に運びながら、互いに牽制するような視線を送りあっているのはレライエとナーシャです。

 目には見えないのですけど、二人の間に激しい火花が散っているように見えますわ。

 相変わらず、仲が良いのだか、悪いのだか。


 そうなのです。

 執務室にいるのは四人。

 私とレオの二人きりではありません。

 レライエとナーシャも在室しているのにレオは私を膝の上に乗せ、いつものように過ごしているのです。

 見慣れているレライエはともかくとして、ナーシャが平然としているのが不思議ですけど。


「アルテミシアとアリアドネか」

「ナーシャのはどっちわに?」

「あなたのはこちらのアリアドネですわ」

「わーい!」


 レオに腰をしっかりと掴まれているので動きにくいのですが、ナーシャに設計図とコンセプトイラストを手渡しました。

 イラストの方にはいわゆる完成予想図が描かれています。


 一本角を備えた頭部はやや丸みを帯び、細身の胴体も曲線を描いた女性的なデザインを重視し、純白を基調とした優美な機体、それがアリアドネです。

 背中には一対の鳥のような翼を備えており、その翼に特殊兵装である『炎の氷柱』を装備予定です。

 軽量で機動性を重視し、地上での戦闘ではなく、空を舞台とした戦いを想定しています。

 『翼あるわに』アガレスたるナーシャに馴染む構成のはずですわ。

 レオによると強行偵察型なのだそうですけど、ナーシャが索敵能力に優れているから、アリアドネもそれを強化する方向で調整しているのです。


 もう一枚の設計図に描かれているのは目にも鮮やかな真紅に塗られたアルテミシア。

 金色のエングレービングが各所に施されていますから、優美な印象がない訳ではありません。

 でも、そのイメージを全て吹き飛ばすような武骨な装備が両腕と背部に装備されています。

 両腕には盾と一体化した大型の格闘爪。

 これは三本の鋭く尖った爪を近接用の武器として、使うのですけど……実は実体爪は偽装ですの。


 真の性能を引き出せば、実体の爪が外れ、炎の魔力を帯びた魔法の爪――魔導炎爪ボルケノ・クローを現出出来るのです。

 この炎の爪は受容者レシピエントの好みに応じて、長さを調整出来ますから、自分らしく戦えることでしょう。

 正式に起動した時には受容者レシピエントの魔力で全身に炎を纏ったような姿になる予定ですわ。


 レオは右でサイドテールにまとめた髪を優しいタッチで梳いています。

 彼は私がどんな髪型にしていても『かわいい』と言ってくれます。

 でも、ポニーテールやツインテールが好みということはリサーチ済みですの。

 だからこそのサイドテールで見事に策にハマって、うっとりとした表情で梳いてくれるのです。


「アルテミシアは帝国に渡すんだっけ?」


 ふと思い出したように彼が言い始めました。

 不満があるのを隠そうとしない声色です。

 レムリアに対して、思うところがあるというのは私も分かってはおりますのよ?

 でも、時には私情を捨てないといけないこともあるのです。


「え? あっ、はい。そうですわ」


 レオは何だか、納得出来ないみたい。

 あら?

 もう一人、納得ではなく、理解が出来ていない子がいるのを忘れていましたわ。


「どうしてわに?」

「ふふんっ。それは勿論、アレと戦うのに必要だからですよね、お姉さま」


 頭の上に大きな疑問符が見えそうなくらいに首を傾げ、考え込むナーシャとそんな彼女を横目にここぞとばかりにアピールするレライエ。


 ナーシャも少し、考えることを学ぶべきですわ。

 そうでなければ、悪い心を持った者に利用されかねませんもの。

 良くも悪くも直情的で優しい子なのは分かっているのですけど……。


 レライエは対照的に理知的で控えめな子。

 自分よりもあまりに他者を慮る性格のせいで傷つくことが多いのよね。

 本当は二人の仲が悪いのではなく、ちょっと素直になれないだけ……。


「そうですわ。あのモノらと戦うだけであれば、魔動騎士アルケインナイトに頼る必要がないのは分かっていて?」

「「え?」」


 ナーシャだけではなく、実はレライエもいまいち、分かっていなかったのかしら?

 レオだけは理解しているようですけど。

 『分かってるから、いいよね?』と言わんばかりに彼の指がおいたをし始めてますもの。

 せめて、妹達の前ではおとなしくして……くれませんわね。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る