第193話 癖になりそうでいけないですわ

「遅いわにー!」


 『不見の塔』二十階。

 その最奥地を滔々とうとうと流れる大河のほとりで腕組みをしていた少女が癇癪を起こし、その場にしゃがみ込んだ。

 あまりの剣幕に周囲で地面を啄んでいた小鳥が飛び去って行った。

 そのまま、大地に仰向けになった少女は手足を広げると青く晴れ渡った空へと目をやる。


「眠くなってきたわに……」




 お風呂で気を失うくらいまで愛された記憶があるのですけど。

 目を覚ましたら、きれいに夜着を着ていますし、寝室だったので夢だったのかしら?

 レオが腕枕をしてくれていて……今はぐっすりと寝ています。

 やはり夢だったのですわ。

 そうですわ。

 私から求めるなんて、はしたないことをするはずありませんもの。

 あってはいけないことですわ。


「くださいって、言ったよね?」

「ん?」


 でも、夢で見てしまうとは欲求不満なのかしら?

 そんな不満を抱くほど、愛されていないどころか、毎日愛されてますし……。


「レオ、起きてましたの?」


 ルビーの色をした瞳がじっと私を見つめていました。

 彼の顔は唇が触れ合うくらい、すぐ近くにあって、心臓のドキドキが止まりません。

 少し、身体を離さないと朝から、刺激が強すぎますわ。


 そう思って、身体に力を入れようとするのですけど、痛いです。

 全身が筋肉痛になったみたいに痛いのです。

 身体中、あちこちに赤い華が咲いていて……あら?

 では夢ではなかったということですの?


「僕のが出なくなるまで咥……」


 思い出しました。

 それ以上、言われると恥ずかしいので両手で彼の口を塞ぎます。

 せめてもの抵抗ですわ。

 本当にせめてもの抵抗に過ぎなくて、逆に唇を唇で塞がれました。

 目を白黒させているうちに舌を絡め取られ、うっとりとしていたら、うつ伏せにさせられたのですけど!?

 ま、まさかですのよね?


「レオ……お昼ですのよ?」

「う、うん」


 夜、お風呂であれだけ激しく、愛を交わしたのに朝も元気でしたわ。

 むしろ、朝の方が元気過ぎて、もう動けません。

 さすがにレオも悪いと思ったのでしょう。

 お風呂で身体をきれいにしてくれましたし、必要以上に弄ばれたりもしなかったのですけど、身体が言うことを聞きませんもの。


「今日はもう無理ですわ……」

「そっか。うん、そうだね。分かった」


 優しく抱き締めてくれて、髪を愛おしそうに撫でていたレオがそう言ってくれたので私は安心して、意識を手放すのでした。




 今日は一日ゆっくり休めると思っていたのですけど、ゆっくりしていてはいけなかったのです。


 二度目の起床を迎えるとアイリスとレライエの姿がありました。

 私はいつの間にか、既に外着を身に纏っています。

 恐らくはレオの仕業ですわね。

 二人を呼んだのもレオでしょう。

 ええ。

 世界屈指の癒しの魔法の使い手の癒しはとても、効果がありますもの。


 結果、私は全快です……。

 黒獅子になったレオに跨って、『不見の塔』へと戻ったのです。

 彼がおとなしく、跨られているだけでいられないのは分かってましたけど、転移する僅かな時間でもスキンシップしてくるのですから。

 でも、二人の癒しの魔法のお陰なのかしら?

 しっかりと逆に吸わせてもらったのでさして、服は汚れてませんのよね。

 レオは何だか、残念そうですけど。


「ふむ。意外と遅かったのう」

「ごめんなさい、爺や。準備に手間取ってしまいましたの」


 爺やのことをすっかり忘れていたなんて、言えませんわ。

 レオもどこか遠くを見つめるような目をしているので忘れていたのね。


「よいぞ、よいぞ。わしの執筆活動が捗っておったからのう。気にならんわい」


 爺やの攻略手帳が二冊目になっています。

 眠らなくても食べなくても平気な身体とはいえ、さすがに失礼よね。


「かなり詳しく調べることが出来てのう……」


 そこから、爺やの魔物蘊蓄よもやま話が延々と始まり、レオも私もうつらうつらとしてしまいました。

 私が寝落ちしかけるとレオの触手が甘噛みしてくるのでどうにか耐えられたのです。

 むしろ危なかったのはレオの方で彼が体勢を崩すと私が落馬……ではなく、落獅子? になりますから、耐えるのが辛かったようです。


 爺やの詳細な下調べがあったので十一階から十五階までは目を瞑っても行ける、とは申しませんけれど、余裕をもって進められました。

 五階まではゴブリン、十階まではオークでしたけど、十五階まではどうやらリザードマンで固定されているみたい。

 階層が上になるほど、順当に強い魔物になっているようです。

 その意味ではとても良心的なダンジョンと言えそうですわ。


「しかし、いくら狂化しとるとはいえ、味気ないのう」


 爺やが振りかざした杖の先から、放射された炎の渦がざっと見て、数十はいそうなリザードマンの群れを焼き尽くしていきます。


「確かにあまり、面白くはないかな」


 レオは身体の側面から生やした触手を刃状に変化させると大地を勢いよく駆けながら、リザードマンを切り刻んでいます。

 結構、揺れるのでたてがみにしがみついているのも楽ではありません。

 でも、たてがみから、彼の温もりと匂いを感じられるのであまり、辛くはないのです。


 しかし、レオに鞍を付ける訳にはいかないので直接、跨っているのですが、これが刺激がありすぎて、よろしくありません。

 ゴツゴツしているのが当たってくるので、変な気分になりそうですもの……。


騎乗りたいなら、あとでいっぱいしていいよ?」

「ち、違いますわ!」


 強く否定してみましたけど、あながち嘘ではありません。

 ある意味、癖になりそうでいけないですわ。


「じゃれつくのもそこまでじゃな。ボスのお出ましじゃよ」


 じゃれついてませんから。

 いちゃついていただけですぅ! とは言えないですわ。


 言葉は時に刃物のように心を抉りますもの。

 爺やには今までお世話になっているのですから、少しでも……ええ、忘れていたのに今更ですわね。


「頭が二つあるリザードマンか。ツインリザードマンはいまいちかな。双頭の蜥蜴?これも変かな」


 既に獣化を解いたレオは私を後ろから、抱き締めて、髪に口付けを落としています。

 今はやめて欲しいと思いますの。

 お風呂上がりで手入れをした後でしたら、いくらでもかまわないんですのよ?

 でも、今はほら、汗をかいてますし、汚れてますもの。


「どんなリーナでも大丈夫だよ」


 今度は首筋に口付けを落として、舌で舐められました。

 それは駄目ですってばぁ。

 変な声が出ちゃうわ。


「コホン。うむ、ではお相手いたそう」


 レオと私が人目も憚らずに甘い雰囲気を出し始めたのでリザードマンも半ば呆れたような死んだ魚のような目になっていましたけど、爺やの言葉で我を取り戻したようです。

 『ごめんなさい。真面目にやりたいのですけど、レオが……』と言っているそばから、服の隙間から、指を入れて悪戯してくるんですもの。


「お主は剣士じゃろう? よかろう、ハンデじゃ。わしも魔法なしで勝負してやるぞい」


 爺やの身体が眩く輝き始め、瞬きをする間にその姿が変化しました。

 闇色のローブから、頭の先から爪先まで漆黒の金属で覆われています。

 いわゆる全身鎧フルプレートアーマーですけど、肩や肘、膝の部分から鋭い爪のような装飾が施されており、ゴテゴテとした印象が強いものです。


「フルアーマー爺やか。また、大きくなった?」

「しれが何ですの? ひゃぅ」


 意味分からないことを言いながら、私の胸を揉みながら、サイズを測るのはやめてくださいません?

 彼の腕の中で私が必死に身を捩っている間に爺やはいつもの杖ではなく、闇のような色を湛えた刃を持つロングソードを手に双頭のリザードマンへと切りかかっていきます。

 リザードマンは両手に曲刀を構え、中段から横に凪ぐ爺やの剣戟を左手の曲刀で軽く捌くと右の曲刀で爺やの喉元を突こうと鋭いスタブを放ってきました。


「なんの! なんの!」


 爺やはロングソードが弾かれることを予想していたのか、弾かれた勢いをそのまま、活かして柄の部分でスタブを弾き返したのです。

 剣に関しては爺やはあまり、精通していないはず。

 それなのになんと見事な技なのでしょう。


「へえ、今のはすごいね。どこで覚えたんだろ」

「ち、ちょっとレオ……もうダメですってばぁ」


 爺やとリザードマンが一進一退の攻防を繰り広げていて、こちらを見ていないのをいいことにレオの指がショートパンツの隙間からも容赦なく、入ってきます。

 下着の上から、なぞるようにじらすようにしてくるのですから、たちが悪いですわ。

 そうやって、私の反応を見ながら、首筋に痕が残るくらい、強くキスしているんですもの。


「ほれほれ、どうしたどうした? わしは剣は素人じゃぞい」


 そう言いながら、まるで車輪のように器用にロングソードを振り回して、リザードマンを圧倒しています。

 爺やは本当に素人なのか、怪しいですわね。


 回転させてからの目にも止まらぬ突きを繰り出す爺やの前にリザードマンはもう、息も絶え絶えですし……。

 あら? 終わりましたわね。

 黒い刃が一閃すると二つのリザードマンの首が宙を飛んでいきました。


「わしのWINじゃな。当然じゃが」


 こちらも終わってますの。

 レオがあまりにおいたをするものですから、いちかばちかで反撃しましたの。

 爪先立ちして、彼の胸板に寄り掛かるようにして、私からキスをしたら、鳩が豆鉄砲を食ったような顔になってましたもの。

 私が積極的に動くとは思っていなかったのでしょう。


 はしたないですし、なるべくなら、やりたくはなかったのですけど服の上から、彼のモノを優しく撫でてあげました。

 その間、唇は重ねたままで舌を絡めて、気が散らないようにするのを忘れてはいけません。

 油断したら、レオのペースに持ってかれますもの。

 だから、そのまま彼のを摩ってから、ギュッと握り締めると指先に濡れたような感触が……気のせいか、絡め合っている舌も脱力したようですし。


「ちゅっ……後でちゃんとしましょうね」

「う、うん」


 そう言ってから、レオから身を離すと銀色の橋が架けられていて、ちょっと放心している彼の顔は年相応でまだ幼い感じがします。

 かわいい!

 思い切り、抱き締めたいくらいにかわいいんですもの。

 ……と思ったら、ギュウギュウと抱き締められていました。


 あらあら?

 もしかして、獅子の尾を踏んでしまったかしら?

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