第190話 大男総身に知恵が回りかねる、と言われますわ
ふわふわと宙に浮いたままだった爺やが静かに大地に降り立ちました。
なるほど、分かりましたわ。
爺やが使おうとしている死霊魔法は大地の呪いを利用するものでしょう。
そうである以上、大地に接していないと力が行使出来ないはずです。
問題があるとすれば、この大地はあくまで疑似的に作りだされただけのもの。
本物の大地ではないということですけど……。
「さあ、醜き傀儡の巨人よ。怯えるがよいぞ。そして、あの世で誇るがよかろう」
仰々しく、右手に持つ禍々しい杖を掲げる爺やの姿を見ているとお祖父さまといいあの世代には何か、あったのではないかと疑いたくなりますわ。
お祖父さまも芝居がかった呪文の詠唱がしたくて、我慢が出来ない不治の病なのかもしれません。
「其は深淵より来たり。其は漆黒より出でたり。今、ここに宿願を果たさん」
『ああ、決めポーズかな』とレオがよく分からないことを言ってますわね。
爺やが詠唱とともに思い切り、杖を空に向けて振り上げた姿勢のことを指しているのかしら?
それよりも抱き締めたまま、髪を梳いて、キスを降らすのをやめて欲しいのですわ。
恥ずかしいんですもの。
「ふむ」
「あれ?」
「んん?」
おかしいですわね……。
爺やの詠唱に応じるように異形のキマイラ直下の地面に描かれた淡い紫色の燐光を放つ大きな魔法陣が出現しました。
そして、大地を揺るがす轟音は出たのですが、何も出てこないまま、魔法陣が消えてしまったのです。
唱えた爺やはいまいち、表情が分かりにくいのですけれど、レオは明らかに困惑した表情を浮かべています。
何が起きるのかと身構えていたキマイラは肩透かしを食らい、間抜けな程に口らしき部分をポカンと開けたまま。
これは失敗ですわ。
爺やが唱えたのは死霊魔法の一種でした。
何より、彼が得意とする属性です。
そもそも私が考案した魔法ですわね、アレ。
そう名付けました。
簡単に説明すれば、怨嗟の声をそのまま形にした魔法とでも言うべきかしら?
もっと分かりやすく説明すれば、その者を恨む怨霊によって、憑り殺させるものですわ。
「失敗かのう」
「じゃあ、僕にやらせてよ。リーナはちょっと待ってて」
「私にもやらせてくださいな」
私を抱き締めていた腕を名残惜しそうに
意図を察し、右手を差し出すとエスコートをするように手を取ってから、いつものように指を絡め合う恋人繋ぎをしてくれるのです。
最大限の力を発揮しようとすれば、もっと大胆な行動が必要なのですけど、これでもお互いの力を交じり合わせて使えますから、十分ですわ。
「大男総身に知恵が回りかねる、と言われますわ」
「狙うなら、膝でいいかな?」
レオの右の人差し指の先が青白い輝きを放ち、放電しているようにバチバチと派手な音を上げ始めます。
雷魔法の特徴ですわね。
「そこだっ!」
ようやく我を取り戻し、私達を握り潰そうと大きく腕を振り上げた巨人に向け、差し出されたレオの右指から、青く輝く一筋の光条が一点を目指し、突き進んでいきました。
巨人の膝頭を撃ち抜き、完全に砕いた蒼い閃光はそれでも威力が落ちなかったのでしょうか。
別の場所に着弾し、地形を変えてしまったようです。
でも、気にすることはありません。
ここはダンジョンですもの。
「レオ、いつの間にあれを覚えましたの?
「お主にしか、使えんじゃろ、あれ。しかし、実に興味深いのう」
巨人は体重をかけていた側の膝を破壊され、大きくバランスを崩して、背中から倒れます。
膝を構成する核を狙って、撃ち抜くなんて、レオは凄いわ。
見抜いていただけではなく、きれいに破壊しているんですもの。
「あの生物、群体で間違いないですわね」
「そうだね。時間を与えたら、ダメみたいだ」
「ふむふむ。ではどうするかのう?」
あの巨人は個体。
一つの生命体ではなく、オークの身体によって構成された多くの生命を持つ群体なのです。
その証拠に撃ち抜かれ、破壊された膝の部分が修復されつつあります。
それは再生しているのではなく、他の部分をもって、代用とするだけ。
ですから、回復とは形容し難いものかもしれません。
「全ての核を一気に破壊するのが一番ですわ」
「リーナの氷魔法で凍らせてから、僕とベル爺がやる方がいいかな?」
「ふふっ。先程の雷で気付いたでしょうから、氷は使いませんの。爺や、滝の水流をある程度、操れますかしら?」
「うむ、お茶の子さいさいじゃ」
レオが耳元で『気付かれたってことはこの塔って、やっぱりそういうこと?』と囁くものですから、心臓が早鐘となって、胸を付きました。
思わず、内容が吹き飛びそうになります。
危ないですわ。
本当に心臓によくないですわね。
どうにか、首を縦に振ることが出来たのでレオに伝わったとは思うのですけど。
「水のコントロール、出来たぞい」
あら、いけませんわね。
ついレオの横顔に見惚れてしまって、何をするのか忘れてましたわ。
「ありがとうございます、爺や。あとは私が……」
爺やが重力を操る魔法を利用し、本来は滝壺に落ちていく膨大な水流を巨人へと向けてくれました。
さすがは爺やですわね。
あとは水の流れを利用し、攻撃魔法に転化させるだけですわ。
これは氷魔法の
ほら、簡単ですわ。
そこにあったのは滝ではなく、顎を開ける巨大な水のドラゴンの首。
首だけしか、再現出来ていないのでまだまだ、改良の余地がありますわ。
「さぁ、
「リーナってさ……たまに容赦ないよね」
「そうじゃな」
「何か、仰いまして?」
そのようなことを言いながらもそっと抱き締めてくれて、巨人キマイラが粉々に噛み潰されていく無残な光景を見せないように配慮してくれるんですもの。
レオの優しさが私の胸をポカポカさせてくれるのだわ。
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