第189話 心の声は出しちゃ、ダメだよ
「うわぁ。ありえないわに」
ゆうに人の頭ほどの大きさはあろうかという巨大な水晶球を覗き込んでいた少女が身体を大きく、
衝撃の光景に胸の辺りを押さえ、はくはくとどうにか呼吸を整える。
肩まで伸ばされたチョコレート色のボブヘアは緩やかなウェーブを描いており、少女の愛くるしい顔立ちによく似合っていた。
もう一度、水晶球を覗き込んだ少女は大きな目を何度も瞬かせる。
そして、お尻から生えている大きな硬質の鱗で覆われた尻尾を苛立つように何度も床に叩きつけた。
「もしかして? いや、そんなはずないわに。でも、あの黒い獅子は……まさかわに」
蛇のように縦に長い瞳孔を備えた紅玉色の瞳には微かな怯えにも似た感情が見て取れる。
「まだだ。まだ、終わらんわに!」
十階までの階層は六階とあまり、内容が変わらないようです。
生息している魔物はゴブリン、ホブゴブリン、オーク、コボルト。
やや好戦的ではあるものの比較的、話の分かる種族なのですけど、ここに住んでおられる方々はどうやら話を聞く気がないみたい。
目は異常なまでに血走ってますし、涎を垂らしているというのもおかしいですわね。
「
「そういうデータが取れましたの?」
「うむ。持って帰ったモノから採取した血液に同種の残留物が混じっとったぞい」
「へえ。だから、考えなしに突っ込んでくるんだね」
私の身体も少しは回復したのでおんぶではなく、モフモフ……違いましたわね。
獣化したレオに跨り、十階まで来ました。
あちらも十体、二十体くらいでは埒が明かないと思ったのでしょう。
八階からは五十体以上がまとめて、かかってきます。
ただ、数がどれだけいようとも、無駄なのですけど。
爺やが死霊魔法で片付けるのは有効な策ではあります。
ですが、もっとも簡単なのは私が氷柱の雨を降らせ、凍結させたところをレオの咆哮で粉々にすることかしら?
「リーナ……また、怖いこと考えてない?」
「考えてませんわ」
「ホントかな。嘘だったら、お仕置きだけどいい?」
「そ、それも嫌ですわ」
フワフワと宙に浮かぶ爺やから、送られる視線が微妙に生温かく、見守っているように感じられるのはなぜかしら?
まだ、嘘と決まった訳でもないのにレオがフライングしてますし!
触手がもう太股と腰に巻き付いていて、撫でてますもの。
「凍らせるのは怖くありませんでしょう?」
「違うんじゃないかな。凍らせた後、どうする気?」
「に、にゃんのことかしら?」
レオが変な撫で方をしてくるから、噛んでしまいましたわ。
これ以上されるとまた、下着が汚れる恐れがあります。
だからといって、『汚れますわ』と言ったところでレオが躊躇するとはとても思えません。
ではどうしたら、いいのかしら?
正直に言えば、やめてくれ……ませんわね。
それはよく分かっています。
レオがしたいのであって、お仕置きという大義名分が欲しいだけ。
私は下着と服が汚れるのは嫌ですけど、されるのが嫌ではありません。
ある意味、両者が得とも言えますわね。
でも、今はそういう状況ではなかったみたい。
「レオ。気付きました?」
「うん。誰かが見ていたね」
「見覚えのある視線と魔力ですわ」
「そうだね」
レオにだけ聞こえるように囁くと同じように私だけに聞こえるよう囁いてくれるレオの気遣いが嬉しいですわ。
爺やには聞こえない方がいいと思ったからなのですけど……気付いているみたいね。
何もない空を見上げてますもの。
そして、百体の魔物によるウェーブを数度、退け、辿り着いた最奥地。
そこで私達を待っていたのは清らかな水流を湛えた滝壺でした。
数十メートルはありそうな落差の奏でる水の音色は轟音に近く、迫力があります。
清涼感を伴っていて、耳と心に心地良いものですわね。
「何ですの、あれ?」
「何だろうね。キマイラの一種?」
「ふむ。調べ甲斐がありそうじゃのう」
美しい滝の情景に似合わない一体の巨人も一緒に待ち受けていました。
大きさは滝と比べると三分の一といったところ。
大型のトロールやオーガより、少し大きい程度ですけども、問題はその見た目ですわね。
醜悪、奇怪といった単語がぴったりの異形の巨人と言うべきかしら?
全身を構成しているのはオークの身体。
四肢を伸ばし、手足を繋いだオークによって、身体が構成されているのです。
気味が悪いの一言ではすまない最悪の創造物と評しても過言ではないでしょう。
レオが私の目に触れないようにとそっと抱き締めてくれましたから、その点だけは感謝してもいいですわ。
そういう意味ではこういった醜悪な魔物も必要ですわね、ふふっ。
「リーナ、心の声は出しちゃ、ダメだよ」
「ふぇ?」
え? おかしいですわね。
気を付けないとたまに心で考えていたことを口走っているということかしら?
それはとても、まずいと思いますの。
レオに聞かれるといけないことを口走ったら、大変なことになりますもの。
……などと私が一人、思想の海に浸かっているのを
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