第186話 ドレスと違って、触り心地がいいね

「ふむ。なるほどのう。実に興味深いのう」


 爺やは文字通り、炎の色で目を輝かせながら、侵入した不見の塔の一階の構造に目を見張っているようです。

 限られた空間である塔の内部に閉鎖空間とは思えない風景が広がっているのですから、探求心をくすぐられたのでしょう。

 お日様の光に照らされたようにどこまでも明るく、緑豊かな森。

 まるで外の世界と変わらないように見えます。

 さすがはダンジョン、不思議ですわね。


 大魔導師と一言で言ってもお祖父さまと爺やはまるで方向性が違う魔導師と呼べるでしょう。

 個性によって、趣とは異なるもの。

 お祖父さまはいわゆる実戦型の天才と呼ばれた方でした。

 あまり努力をされることなく、戦いの中で魔法の技を磨き、大陸にその名を轟かせたのです。


 爺やは努力型の天才で常に研鑽を旨として、自らを鍛えた方。

 それはお祖父さまという明確な目標があったからだそうです。

 そして、その方向性の違いゆえ、お祖父さまはフィールドタイプの魔導師となり、爺やは研究室に籠る学者のような魔導師となったのでしょう。

 そのさがが今、出ているのかしら?


「どうやらこの階層には大した魔物がいないようですわ」

「そうみたいだね」

「その点ではのダンジョンと言うべきですわね。まだ、一階ですから、判断が出来ませんけど」

「よし。じゃあ、レーヴァティンで練習しようかな」

「練習ですの?」

「うん」


 そう言いながら、ポンポンとレオが指の腹で叩いて見せたのは腰に佩く魔剣レーヴァティンです。

 元々は大剣の形状をしていたのに彼の成長と戦い方に合わせ、剣が姿を変えるのですから、不思議ですわ。

 現在は片刃で刀身が反った形状――あちらの世界でいうところの日本刀に近い姿になっているのです。


「これはね。こうやって、こうするんだ」


 レオはレーヴァティンを鞘から出さずに柄に手を置きました。

 ぐっと腰を落とし、右膝を曲げて左足を後ろへ伸ばす独特の姿勢を取っています。

 レオ曰く、『抜刀術』という独自の剣術だとか……。

 レーヴァティンが鞘から解き放たれる微かな金属音を合図にレオの姿がかき消え、それと同時に耳をつんざくような轟音と髪が激しく、乱れるほどの強い風が襲ってきました。


「やりすぎではありませんの?」


 大地は地割れで切り裂かれ、森の木々は嵐にでも遭ったかのように薙ぎ倒されています。

 いわゆる大惨事に匹敵する状況ですわ。

 でも、ここはダンジョン……。

 気にしなくても平気なのですけど、気にはなります。


「ひゃぅ」

「そうかな? 大分、抑えたよ」

「レ、レオ!? この手は何ですの?」

「ドレスと違って、触り心地がいいね」

「爺やがいますのよ?」

「大丈夫だって。ベル爺は忙しいみたいだから」


 あまりにきれいに大地が切り裂かれていました。

 思わず、見惚れていた私が悪いのですけど、お尻を撫でられていたのです。

 慣れた手つきでマッサージするように下から上へとややねちっこさを感じる触り方。

 直にではないのですけど、それだけですぐにレオと分かる触り方ですわ。

 いつの間に近付かれたのかは全く気付きませんでしたけど!


「駄目ですってば。ここは中ですけど、外ですもの。それに爺やが……」

「わしがどうかしたかのう?」

「「!?」」


 爺やまでいつの間にか、そばに来ていたのです。

 レオもようやく、不埒な手の動きを止めてくれました。

 あれ以上されたら、間違いなく危なかったですわ。

 下手をしたら、抑えが効かなくなっていた可能性も否定出来ませんもの。

 一時も離れたくないのは私も一緒です。

 今は手を繋いで指を絡め合うことで我慢しておきましょう。


「ふむ。わしのことを気にせず、やるという訳にもいかんのう。かっかっかっ」


 絡め合っている指をギロリと爺やの表情が読めない目に睨まれたような気がします。

 でも、爺やは骨ですし、不死生物です。

 そういう欲は存在しないのかもしれません。

 きっと気のせいですわね。


「今のでさらに寄ってこなくなったかもしれないね」


 レオがポリポリと頭を掻く姿がかわいらしくて、髪の毛をわしゃわしゃとしたくなる欲求に駆られます。

 抑えがたい衝動ですけど、抑えます。

 欲望のままに行動してはいけませんわ。


「わしの見たところ、この階層にはゴブリンしか、おらんようじゃ」

「一階ですから、その点では評価すべきかしら?」

「そうだね。入ってすぐに強敵がいたら、逃げる以前の問題だしなぁ」

「そうじゃな。今のところは問題ないと判断してもよさそうじゃな」

「今のところは……ですわね。進みましょう。もう少し、上の階に進まないと分かりませんわ」

「うむ、そうじゃな」


 再び、身体を宙に浮かせると先の階層への道を飛んでいく爺やを他所よそにレオは指を絡ませ合った手を繋いだまま、こちらを見てものすごくいい笑顔を向けてくれました。

 どうしたのかしら?

 なぜか、冷や汗が背を伝うのですけど……。


「リーナは抱っこされるのと騎乗るのどっちがいい?」

「えぇ?」


 移動手段ですのよね?

 それともまさか、違う意味の方だったりしますの?


「どっちがいいの? 僕はどっちだって、いいんだけど」


 違う方の気がして、なりませんわ。

 爺やは……いません!

 逃げ場は……ありません!


「あ、あのレオ。は次の階層に進んでから、考えましょ?」

「えー? 何のことかな? もしかして、リーナはを期待してた?」


 こ、これはもしかして、レオに嵌められましたのね!?


 結局、レオが恥ずかしさのあまり、動けなくなった私をいつものようにお姫様抱っこしてくれたのです。

 こんなことなら、最初から『抱っこして』と甘えた方がよかったかしら?

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