第172話 周囲の雑音は私にお任せくださいな

『ちょっと待って、リーナ! それ、待って』


 どうしたのかしら?

 レオが慌てているようですけど、新型の魔導砲アルケインカノンを撃つくらいでどうして、そんなに焦っているのかしら?


『それでリーナの絶対零度アブソリュートゼロをフルパワーで撃ったら、このあたりが永遠に冬になっちゃうよ』

「あらあら? それは大変ですわね、うふふっ」


 その方が過ごしやすくて、いいのではなくって?

 私にとって、氷の城で一面が銀世界でもかまわないのです。

 それだと迷惑に思う方が多いでしょうし……。

 レオはアルフィンの南部独特の穏やかで温暖な気候が好きみたい。

 故郷でしたものね?

 ただ、それだけではなく、色々な水着を着せたいからというのが彼の最近の望みですから。

 喜んでいいのか、疑問の浮かぶところなのですけど。


『それは止めまで取っておいてよ』

「分かりましたわ」


 オデュッセウスの蹴りで吹き飛ばされたコリネウスがようやく、立ち上がったようです。

 その間にオデュッセウスの加速力はおかしなことになってますわね。

 残像がまるでそこにいるような錯覚を起こしますもの。

 ほとんどの生物は視覚に頼る以上、オデュッセウスをまともに捉えることが出来ないはずですわ。

 ただ、あのコリネウスは普通の生命体であるように見えないですけど。


「レオ、周囲の雑音は私にお任せくださいな」


 空から対処するよりも地上で直接、手を下した方が早いですわね。

 近接用兵装である死神の爪ナーゲル・トートを展開させ、一気にペネロペを加速させます。

 高速で飛行しながら、通りすがりに切り刻んでいく。

 言葉にするとかなり物騒ですわね……。


 ですが、歩兵ポーンもどきには痛覚の類いがないようですし、動けないように完全に破壊しない限り、危険ですわ。

 切り刻んでいるのは決して、趣味ではないのです。

 ちょっと楽しいですけど……!

 薔薇の花弁ローゼンブラットを周囲に展開させ、全方位から蜂の巣にしてから、死神の爪ナーゲル・トートで完璧に解体します。


「本当に数だけは多いですわね」


 死神の爪ナーゲル・トートが実体の刃だったら、既に使い物にならなくなっていたでしょう。

 これは魔力で発生させた魔法の光刃ですから、理論上は欠けることがありません。

 永遠に使い続けることが出来る便利な白兵戦兵装なのです。

 ただ、爪の先から発生させる草刈り鎌のような形状なのが難点かしら?

 かなり接近しないと確実なダメージを与えられないのが、もどかしいですわね。


は片付きましたたわ」




 ロムルス・ルプスとヘクトル両機の撤退を見届けた大僧正ビショップ風魔。

 巨体にもかかわらず、まるで風のように大地を駆けていく。


 通りすがりに手刀のみで歩兵ポーンもどきの首を落とし、胴に風穴を開けていく様子はまるで何かの職人のように見事な物だった。

 風魔が通り抜けた後に残るのは物言わぬ骸のみ。

 ただ、黙々と屍の山を築いていく漆黒の影が初めて、動きを止めた。


 大きさだけならば、二十メートルを超えるコリネウスよりも遥かに巨大である。

 より醜悪で見ることすら憚られる見た目のモノがそこにいた。

 既に人型でも猿型でもない異形の物体。

 胴体と思しき球形の物体から、大地をしっかりと掴む四対の象のような太い足と三対の腕のように見えるモノが生えていた。

 首や頭に相当する部位は見当たらず、胴体に該当する球体部に細かく鋭い牙の生えた口だけがその存在を見せつけるかのように強く、自己主張をしている。


 何よりも不気味なのは身体を構成しているパーツが全て、歩兵ポーンもどきの残骸ということだろう。

 ところどころから、顔を覗かせている首や手足からは未だに鮮血が滴っており、悍ましさ以外の物を感じない。


「相手にとって不足なし」


 風魔は腰を落とすと右足を前に出し、左足を大きく後ろへと伸ばした独特の構えを取る。


「いざ尋常に……勝負」


 その時、一筋の閃光が空を走った。

 刹那、異形の怪物の腕が一本、切り落とされていた。

 鞭のようにしならせ、風魔へと振り下ろされようとしていた腕は切り離されてもなお動きを止めることなく、痙攣を繰り返している。


「おっくれてごっめ~ん。わたしが来たからにはこれ以上、好き勝手をさせないよっ」


 陽光に純白の装甲が煌めく、美しき白の巨人は右手に構えた大太刀ムラクモの切っ先を怪物へと向けた。

 オルレーヌ王国で復活した邪竜アジ・ダハーカを倒し、生ける伝説となった魔動騎士アルケインナイトヤマトタケルの姿がそこにあった。

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