第167話 解き放たれし獣は野を彷徨う
空を流れ星のように高速で飛び交いながら、激しく交錯する二体の
オデュッセウスとペネロペである。
常人では捉えられない速度で動く、両機から放たれた流れ弾の魔法弾が地表に着弾し、大地に地割れが発生したり、大穴が出来ているが意に介していないようだ。
たまに『あのシスター服を着てよ』という少年の声と焦ったような『ダメったら、ダメですぅ』という少女の声が聞こえてくる。
それが地上で行われている演習にも少なからず、影響を与えているのだが、空の二人は全く、気付いていない。
改良が加えられた連装
顔を覗かせたのはコボルト猟兵団長パトラだ。
天を仰ぎ、天翔ける
伊達に猟兵団の長を務めている訳ではないようだ。
「わけえってのはいいもんだなあ」
「そうでしゅね」
「まあ、がんばろうや」
「でしゅね」
駆逐戦車十両で編成されたコボルト猟兵団と行動を共にするオーガの工兵に気さくに声を掛けられたのだ。
かつてはこのような風景はありえないことだった。
せめて、この平穏が少しでも長く続くように。
パトラはそう願わずにはいられなかった。
一方、平穏な時を楽しみながら、かつての生を忘れられない者もいる。
これもまた、世の常である。
重厚な甲冑を纏った重装歩兵を模した全身が一新されている。
新たな主である
そのロムルス・ルプスは巨大な盾を構え、微動だにしないヘクトルと対峙していた。
「さあ、本気で頼むぜ。鹿ちゃんよおおお!」
ロムルス・ルプスの前腕を覆う重厚な篭手から、三メートルはあろうかという凶悪な鉤爪が伸びている。
いわゆるクローと呼ばれる武闘家が好んで使う近接格闘武器に似た形状をしているが、外観から感じられる凶暴性はその比ではない。
脚部も爪先から、四本の鉤爪が伸びており、関節部の変形により、いわゆる逆関節と呼ばれる特殊な形を成していた。
「貴公も面倒な御仁でござるな」
ヘクトルが大盾を大地に勢いよく、突き刺すと盾を中心に眩く、温かな光が放たれ始める。
防御魔法に精通した者であれば、それがプロテクションに似ていると気付いただろう。
ヘクトルは大盾の裏に収納されている両手持ちの実体剣を引き出し、ゆっくりと正眼の構えを取った。
湾曲した刀身の形状と研ぎ澄まされた片刃をした実体剣は剣というより、太刀と呼ばれる武器に非常に似ていた。
「死合うと致そう」
「望むところだ!」
大地を勢いよく蹴りだし宙を舞うと両腕のクローで襲い掛かったロムルス・ルプスをヘクトルは両手で構えていた大太刀で軽く、受け流す。
その勢いを殺さず、そのままロムルスの胴に向け、蹴りを放った。
ロムルス・ルプスはこのカウンターを宙に浮いている無防備な状態から、受け流されたクローの動きに逆らうことなく、刃先を滑らせ難なく回避すことで避け切った。
あっという間に大太刀の届かない距離へと飛び退り、臨戦態勢の構えを取る。
「やるねえ、鹿ちゃんよお」
「貴公もやるでござるな」
再び、ただ対峙する二体の
――ミクトラント大陸の南部は熱帯に属する気候であり、熱帯性の巨大植物が生い茂る熱帯雨林が広がる緑豊かな地でもある。
その森を身の丈が十数メートルはあろうかという異形の巨人が木々を薙ぎ倒し、大地を揺さぶりながら、歩みを進めている。
かつて鮮やかな紅の色に染められていたと思われる全身は煤け、まるで乾ききった鮮血のようにおどろおどろしい様相を呈していた。
何よりも頭部で爛々と輝く
巨人の肩口から、さらに二本の腕が生えている。
どことなく甲冑を模した外観から、無機質な印象を与える他の部位と異なり、生々しい生物らしさが強い腕は不気味だった。
虎の前腕にも似た筋肉という名の鎧に覆われ、爪によって武装された腕である。
その腕が不意にしなるように伸び、空を飛んでいた小型の飛竜を俊敏な動きで捕えた。
「ジユウ……トモダチ……クラウ」
四本の腕は飛竜の身体を容易に引き裂くと血が滴るのも気に留めず、胴体へと運んでいく。
巨人の胸部には獰猛な獣を思わせる口吻のような形状をしていた。
縦に大きく開いた顎には鋭い牙と闇を思わせる暗黒が口を覗かせている。
飛竜だったモノを平らげた口の端から、滴り落ちる血が巨人の身体を新たな色へと染めていく。
「オイシイ……トモダチ……オイシイ……クラウ」
ベリアルによって解き放たれたモノ。
楔から解かれた契約の騎士は獣となり、大地を
その先に待つのは栄光か、破滅か。
それは誰にも分からない。
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