第166話 こんなことを想定していたのですわ

 四大竜王の一人。

 ミクトラント大陸南部を支配する偉大なる紅の竜エキドナ。

 神々の時代から、生き続ける生ける伝説の存在。


「ふむぅ。面倒じゃな。兄上ともあろうものがだらしがないことじゃ」


 金髪碧眼ならぬ金髪翠眼の幼女――エキドナが膝を付く満身創痍の大男を見下すように冷たい視線を投げかける。


「それを言われると困るのだよ。ふはぁ」


 光の加減で虹のように様々な色合いを見せる髪を無造作に腰まで垂らした男――ゲリュオンが大きな体を縮め、涙目で目の前の強圧的な生き物を見つめる。

 ゲリュオン。

 かつて竜王にもっとも近いと言われたエキドナの実兄である。

 その真の姿は妹と同じく、巨大なドラゴンであり、奇妙な姿でも知られていた。

 虹色をした蛇のような長い胴体に大きな翼を生やし、二又に分かれた尾の先には蠍のような毒針を持っているのだ。

 胴体と尾だけでもかなり特徴的な姿をしたドラゴンだが、大地を掴む足はさらに異形のものである。

 虎に似た猛獣を思わせる模様に彩られた六本の足を持っているのだ。


「それで何をられたのよ?」

「足を二本ほどね」

「はぁ……厄介だわ。彼女達に知らせておかないといけないわねぇ」


 蟀谷こめかみを押さえ、眉間に皺を寄せた幼女の姿は一種、近寄りがたい雰囲気を漂わせると暗雲の立ち込める空を見上げ、溜息を零すのだった。



 🦊 🦊 🦊




『そこっ!」


 私の操る薔薇の花弁ローゼンブラットが全方位から、氷の光条を斉射しましす。

 当たりませんわね……。

 レオのオデュッセウスはいともたやすく回避すると体勢を立て直しました。


 両手に構えた新武装の双剣ベガルタとモラルタで花弁を次々に薙ぎ払っていきます。

 演習ですし、レオが相手だからといって、手加減をしたという訳ではないのですけど!

 両腕を水平に構え、三連装魔槍砲トリアルケインランサーの狙いを付け、牽制の為に魔槍を撃ちます。


「当たらないのでしょうけど!」


 本当に当たりませんわ。

 どういう動きをしているのかしら?

 不思議な挙動で避けるものですから、思わず見惚れてしまうほどです。


『やるね』

「甘いですわね」

『何、それ!? そんなの付いてたっけ?』


 一瞬のうちに目前に迫ったオデュッセウスの双剣が左右から変則的に繰り出してきます。

 この間合いまで接近された時点でペネロペには対処出来る武装がないと思いますでしょう?

 甘いのですわ。


 ベガルタとモラルタの刃をペネロペの爪が受け止めているのですから。

 正確にはペネロペの手指に武装を内蔵させたのです。

 爪から、鎌状の光刃を発生させ、近接戦闘に対応出来るようにしましたのよ?


「こんなことを想定していたのですわ」

『でも、この近さであの武器は使えないんじゃない?』

「それはどうかしら?」


 既に射出していた薔薇の花弁ローゼンブラットをオデュッセウスを囲むように配置しました。

 この距離であれば、逆に外しませんもの。

 私の勝ちですわ!


「それこそ、どうかな」

「え? ふぇ!?」


 確かに捉えていたはずのオデュッセウスの姿が残像のように消えていきます。

 これは輝ける翼シャイネン・フリューゲルの……やられましたわ。

 そして、ペネロペの首元に刃の感覚が……。


『僕の勝ちだね』

輝ける翼シャイネン・フリューゲルを使いましたわね?」

『そりゃ、使うよ。勝ちたいからね』


 こんなことなら、負けた方が何でも言うことを聞くなんて約束するべきではありませんでした。

 完成した薔薇の花弁ローゼンブラットなら、いけると思いましたのに……。


『リーナが無意識に手加減するからだよ。でも、約束は守ってくれるよね?』

「えぇ……守りますわ。何でもしますわよ」


 この前もこんな約束を交わして、三回もレオ好みの着替えを披露することになりました。

 あの時は三日も起きられませんでした。

 レオの興奮度合いが尋常ではなくって、すごい激しいんですもの。

 気持ち良かったですけど、身体の方が持りませんですわ。


『実はさ。着て欲しいドレスがあるんだよね』

「ドレスでしたのね?」

『うん、ドレスだよ。リーナに絶対、似合うと思うんだ。手に入れるの大変だったんだ。楽しみだなぁ』

「そ、そうですの?」


 水着は恥ずかしいし、バニーガールなんて、もっと恥ずかしかったですもの。

 エプロンやあの誘おうとしているようにしか見えない下着も……。

 それに比べたら、ドレスなのですから、大丈夫ですわね。


 大丈夫だと思いつつ、レオの『着て欲しい』にがして、ならないのですけど。

 レオの喜び方が普通のドレスとは思えないのだわ。


 この時、僅かに感じていたが見事に的中してしまうなんて、この時の私は知る由もなかったのです。

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