第161話 我々は古い仲間ではありませんか
不安の種となっていたトリトンの運用テストも問題なく完了し、オデュッセウスとペネロペもほぼ完成しました。
あとは携行武装の製造になるのですけど、トリトンの拳は特殊な形状をしているので携行武装は装備せず、固定武装をに内蔵する予定です。
オデュッセウスには腰に装着可能な小型のライトボウガン型の携行武装。
ペネロペには長距離狙撃に適した長い弦を備えたヘヴィボウガン型携行武装を現在、仮組中です。
ロムルス・ルプスとヘクトルの修理・改修も滞りなく、完了しました。
アルフィンの防衛計画は順調そのものですわ。
「はぁ……」
「どしたの、マーマ?」
「何でもありませんわ」
私は練武場の脇に設置されたベンチに腰掛けて、相変わらず、ぬいぐるみのように愛らしいアウラールを膝の上に乗せ、隣に腰掛けるニールの口に焼き立てのクッキーを与えながら、つい溜息を吐いてしまいました。
この溜息は『もう嫌、どうしましょう?』というネガティブなものではありません。
あの日、夕刻の海岸での一件から、レオが何かに目覚めたようでちょっと、困っているだけなのです。
どうやら、水着や着衣のままというのがいたく気に入ったようでして。
あの日以来、毎晩のようにどこで仕入れたのか、分からない色々な衣装を私に着せるのです。
ある日は『赤のビキニも似合うんじゃないかな?』と目の覚めるようなリーディングレッドのビキニをプレゼントされました。
上下ともに布の面積が少なく、モジモジしていたのがレオの何かに触れたらしく、朝まで休むことなく激しかったのを思い出します。
自然と顔が熱くなってきますわ。
当然、あまりにも激しかったので数日、つきっきりの介護をしてもらえました。
だから、悪くないのかもなどと思った私が浅はかだったのでしょう。
普通に生活できるほどに回復し、赤ビキニ事件を忘れかけた頃のことです。
今度は『ヒョウ柄のビキニも似合うと思うんだ』とプレゼントされたのです。
『女豹のポーズしてくれないかな』と期待に込められた目を向けられたのですけど、分からなかったので『えぇ?』と困惑気味に返したところ、また演技指導された訳で……。
四つん這いになって、胸を強調するようにして、誘惑すればいいとそれはそれは熱心な演技指導を受けました。
挙句の果てに赤ビキニの時以上に愛が激しかったですわ。
危うく、どこかの川が流れているのが見えましたもの。
黒ビキニの時の『獣のように』なんて表現が、生易しいくらいに激しかったのですから。
でも、あれだけ求められると私も幸せになれるのです。
ちょっぴり、『今日は何をプレゼントしてくれるのかしら?』と期待しているのは秘密ですわ。
「あの二人、いつになったら、終わるのかしら?」
「はむはむ。んー、やめさせる?」
「楽しそうにしているから、邪魔はいけないわ。ね?」
「うん」
既に詰め合わせたクッキー袋を一袋平らげたニールです。
まだまだ、足りていない様子なので追加のクッキーを与えると小さなお口でもきゅもきゅと懸命に食べ始めます。
その姿がかわいいから、いつまで見ていても飽きません。
ちょっと複雑な気分を感じるのは今のニールの姿は私の幼少期によく似ているということ。
下手すると自分のことが大好きな人間と勘違いされそうということかしら?
「今の感じでこう、エイッ! やってみようか」
「えいっ、ですね」
楽しそうですけど、あれで本当にちゃんとした剣術が学べるのかしら?
レオの剣技はほぼ我流のはず。
センスだけであの力なのが本当、不思議ですわ。
バールだった頃から、あれだから天性の才が為せる技とでもいうところかしら?
でも、もっと不思議なのはレオのあんな教え方を理解して、見よう見真似でそれなりに形にしているレーゲンですわ。
「よし。そろそろ、休憩にしようか」
「は、はい」
レーゲンが上段から振りかぶるのをレオが軽く、受け流したり、レーゲンの突きを弾いたり。
二人が怪我でもしたらと考えると見ているだけでハラハラしてしまうのが母性本能なのかしら?
あら? それではまるでレオまで子供扱いしているみたいね。
確かに彼は夜、私の胸を赤ちゃんみたいに吸ってますけど。
それは子供っぽいのとは何か、違う気がしますのよ?
二人がこちらに向かってくるのが見えたのでニールと手を繋いで立ち上がり、出迎えることにしました。
片手でアウラールを抱っこするのはかなり、辛いのですけど慣れとは怖いですわね。
「リーナ、来てたんだ」
ちょっと油断したら、レオが目の前にいて、力強く抱き締められていました。
アウラールまで一緒に抱き締められたのでちょっと苦しそうですけど。
「あっ、ごめん。汗臭いかな」
「いいえ、気になりませんわ。むしろ……何でも、ないですわ」
いえ、やめておきましょう。
口にすると私の積み立ててきた何かが崩れる気がしますもの。
それこそ、レオに格好の材料を与えるようなものですわ。
「マーマ、レーとアルと遊んでくるー」
レーゲンと手を繋ぎ、ようやく目が覚めたのか、パタパタと小さな翼で宙に浮くアウラールを従え、ニールは城の中庭へと走っていきました。
かわいい弟と妹が出来たのが嬉しいのか、この頃、よく一緒に行動しているのよね。
レーゲンがちょっと引き摺られているように見えたけど、大丈夫かしら?
「どうかな」
「でも、男の子は少しくらい、鍛えられた方がいいと聞きましたわ」
「それ、どこ情報?」
「えぇ? 覚えていませんけど、そういうものではなくって?」
「どうだろう。あれは鍛えられるですむのかな」
この間、ずっと抱き締められているのでレオの匂いを思う存分、堪能出来ますわ。
何だか、落ち着くのです。
嫌なことがあってもこうして、抱き締められるだけで全て、許せそうですわ。
「あの……レオ、クッキーを焼いたのでどうぞ」
でも、今はレオを休ませてあげないといけません。
「うん? クッキー? 分かった」
あら、おかしいですわね。
どうして、こうなりましたの?
「はい、あ~ん。んっ」
「ちゅっ」
なぜか、レオの膝の上に乗せられているのですけど。
これはいつものことですわ。
クッキーを口に運ぶのが手ではありません。
ここがいつもと違うのです。
口移しで食べさせるなんて、聞いてませんから。
しかも、食べさせている私の方が腰くだけでヘロヘロになってきたのはなぜですの!?
「どうしたの、リーナ?」
「何でもないですわ、何でも」
クッキーに何かを仕込んだという訳でもないのにどうしたのでしょう。
レオがかわいくて。
いえ、いつもかわいいのは変わらないですわ。
おかしいですわね。
「何か、変だね。分かった! プレゼントに気付いた?」
「ん? んんん? プレゼントって、何の話ですの?」
「違ったんだ。おかしいな。これなんだけどさ」
レオが何もない空間から、白い布地の薄い装束と黒い布地の装束を取り出しました。
思わず、目の付近の筋肉が痙攣する感覚が……。
「リーナに着てもらおうとおもってさ。夜に」
耳元に息を吹きかけながら、『夜に』と囁かれ、耳たぶを甘噛みされました。
『ひゃぅ』と変な声が出てしまったのとレオの膝の上だから、気付かれたのかと思って、ちょっと焦ります。
下着が濡れてないかしら?
「大丈夫だよ。この黒のレースの下着、似合うと思うんだ」
「え、ええ。そうですわね」
んんん?
大丈夫……? 気になりますわ。
でも、藪をつついて蛇を出したくありませんもの。
追及したら、負けですわね。
そうなのです。
黒の布地の正体は大事なところが隠せるのかも怪しい薄いレース生地のあしらわれたブラとショーツだったのです。
デザインは確かにかわいいと言えないこともないのですけど、それ以上に煽情的過ぎると思いますわ。
「それを着るの嫌かな? じゃあ、これは?」
エプロンですわね。
ほぼ真っ白でかわいらしいフリルもついています。
微妙に布面積が少ないのとなぜ、エプロンなのでしょう?
「料理や給仕でしたら、今もしてますけど?」
「ちょっと違うんだよね。これは……ゴニョゴニョ」
また、耳元で息をわざと吹きかけてくるなんて。
私が弱いの知っていて、やってますでしょ?
ええ? ええええ!?
「服を全部、脱いでから、これを……?」
「うん。絶対、かわいいから、着てほしいな」
か、かわいい? そうかしら?
それなら、着てもいいかもと心が揺らいでいます。
でも、裸でエプロンだけを付けるのって、おかしくありません?
「そうかなぁ。じゃあさ、これは駄目かな?」
次にレオが取り出したのはワンピースの水着にも似ている黒い装束でした。
これは水着ではありませんのね?
そう、バレエで着るレオタードによく似ているのだわ。
ターニャが着ていたのにも似てますわ。
「それでこのうさぎの耳とこれね」
「網タイツですわね。どうして、うさぎの耳なのかしら?」
レオは無言で黒いレオタードのお尻の部分を指差します。
うさちゃんの尻尾のように丸くて、ふわふわとした綿毛のような飾りがついてますわ。
「リーナにはバニーガール姿が似合うから、着て欲しいかなって」
「え、ええ? バ、バニーガールですのね」
うさちゃんは愛でるものであって、私がうさちゃんになるということは……
「まあ、そういうことだよね。で、どれがいいかな?」
「え!? 選ばないといけませんの?」
「うん」
レオったら、満面の笑みですが、これはどれかを選ばないと許さないと目が訴えてますわね。
どれを選んでも詰んでいる気がしてならないのですけど。
「え、えっと……では……ねぇ、レオ。気付きました?」
「うん、何の用かな?」
レオはさっきまで私に向けていた柔らかな表情が嘘のように眉間に皺を寄せ、眦を上げた険しい表情でその男を睨んでいました。
その気持ちは分かりますけど。
彼のせいでしなくてもいい苦労を背負い込んだとも言えますし……。
「そんな怖い顔をしないでください。我々は古い仲間ではありませんか」
男は胡散臭いとしか言いようのない軽薄な笑みを浮かべ、被っていたシルクハットを脱ぐと恭しく、礼をするのでした。
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