第160話 三度目の正直かしら
南海から、出現した黒蝕竜ギータによる大地と海の浸蝕被害は相当、深刻な物でした。
人的な被害・損失があまり出なかったことだけが不幸中の幸いと言うべきかしら?
犠牲者の遺族へのケアは内政を取り仕切るネビーと協議を着々と進めています。
こちらも問題はないでしょう。
バノジェに被害が及ぶ前に除くことが出来て、本当に良かったですわ。
『隔壁閉鎖。オデュッセウス、第一拘束具を解除。リフトアップを開始します』
聞きやすい落ち着いた女性の声が響き、隣に見えていたレオの
修復と再調整の終わったトリトンも既に地表に搬出されており、オデュッセウスが発進したので次は私の番ですわね。
もっとも私のペネロペは地上を走行するより、空を舞う方が得意な機体。
本来は搬出機構を使わなくてもいいのですけど。
『シグナルオールグリーン。発進どうぞ』
「ペネロペ、出ますわ」
「ねぇ、今日は別に大丈夫ですのよ?」
「うん? でも、僕がしたいんだ。駄目?」
「ダ、ダメではなくってよ」
むしろ、宜しくお願いしますと言いたいのですけど、それは白旗を上げるようなものですから、言いませんの。
でも、こうしてレオの胸に顔を預けていると本当、安心出来て落ち着きますわ。
そうなのです。
今日も安定のお姫様抱っこで移動ですわ。
「さすがに今回のトリトンは大丈夫みたいだね」
「そうですわね。三度目の正直かしら?」
ディーことデュカリオンの操るトリトンはやや、ぎこちない動きではあるものの陸上を歩けるようになったみたい。
油断するとかなり、危ないらしく、その度に『うわ~』とか、『あひゃ~』という変な悲鳴が聞こえますけど。
とりあえず、陸上テストはギリギリ、合格ということになりました。
続いて、湖での水中運用テストを行う予定になっています。
「リーナのは白いままでいいのかな?」
「ええ。パールホワイトですのよ? ただのホワイトではありませんの」
「でも、白は白だよね?」
「いいえ。パールホワイトですわ」
湖の畔を飾るのはアルフィンを代表する二機の
陽光に煌めく、美しい機体を二人で見上げ、暫し、感傷的になってしまいました。
ようやくテストが出来るレベルまで仕上げられたのは優秀なスタッフのお陰ですもの。
ちなみにレオが気にしていた機体色。
基本色であるホワイトだけで塗られるのが慣例となっています。
ですから、両機とも基本色は白なのです。
ただ、ペネロペはただの白ではありません。
光沢を帯びており、光線の加減によって白銀のようにも見える特殊なカラーで塗装されています。
私の髪色に合わせてあるのですけども、この
単に軍の士気を上げるという象徴的な意味合いだけではなく、実は
「そういうレオはどうしますの? 白だけではお嫌なのでしょう?」
「うーん、そうなんだよね。折角だから、リーナみたいに僕の髪の色も入れて、瞳の色も入れようかな」
「それはいいアイデアですわね。私もルビーの色を差し色として、取り入れたいですわ」
そんな言葉を交わして、笑い合って、レオの顔に見惚れていたら、不意に私達を呼ぶ声が聞こえてきました。
どうやら、時間のようですわ。
レオは私が肌を晒すのに抵抗があるみたい。
私も令嬢として、淑女教育の終わっている身。
二の腕や太股が露出する、いわゆる素肌が表に出る装束は極力、避けています。
それなのに夜は服を剥ぐのが好きなのはどうしてかしら?
そこがかわいいと思えるのは私だけなのかしら?
でも、
何と、肌が出ていれば、出ているほど、より高くフィードバックされるということが判明しました。
極端な話ですが何も着ないで搭乗するのが一番ということになりますわね。
タチアナが独特なデザインの装束を身に付けていたのはこの為だったのでしょう。
彼女の養父は開発者の一人だから、恐らくその事実を知っていたのです。
ただ、バレエを踊る際に着るレオタードに酷似した水着にしか、見えなかったのですけど。
そこに趣味が混じっていなかったとは言い切れるのかしら?
ちょっと思いを馳せていると一足先に起動したオデュッセウスが背部のリアクターバインダーを翼のように広げ、大空へと舞い上がっていきました。
魔力波が赤い燐光となって、バインダーから放出され始め、
「速いわ。まるで分身ですわね……」
その驚異的なスピードは異常と言える異次元の物。
何と言ってもあまりの速さに動きを止めてから、動き出すことで残像が生まれるのです。
まるでそれが分身しているかのように見えてしまう。
単なる錯覚に過ぎないのですけど。
恐らく、あの速さを捉えられる者は片手も存在しないのではないかしら?
「さて、私達も行きましょうか」
私の声に呼応するようにゆっくりと浮上し始めたペネロペは一気に魔力波を放出しました。
一瞬で雲の上に移動したのでちょっと、びっくりしましたわ。
オデュッセウスほどではないですが、十分過ぎるスピードですわね。
「
『そうじゃない? こっちは問題なし』
やはり、レオに聞いておいた方が確実ですわ。
また、うっかり間違えていると困りますもの。
意識を集中させ、特殊兵装である
まるで生命あるもののように自由に飛ぶ姿をイメージすればいいのです。
オートクレールを操るのと同じ要領で……。
「さぁ、いきなさい」
背部のウイングバインダーに装着された六基の曲剣の形をした
ペネロペの周囲を守るように宙に漂っています。
とりあえず、成功といったところかしら?
ペネロペの特徴的な外見は流線形の美しい機体構成です。
その象徴とも言うべき物が背部のウイングバインダーと変形し、腕部を覆える大きなショルダーバインダーです。
このショルダーバインダーにも
全てを合わせて、
私、面倒なの嫌いですし……。
ショルダーバインダーからも放出されたのを合わせると合計二十六基の
さて、次の段階ですわね。
オートクレールは伸縮させ、刺し貫くイメージでしたけど、
まず、目標を捉えてから、魔力で撃ち抜くイメージといったら、いいのかしら?
「こんな感じに?」
大小二十六基の
恐らく、これは氷だけをイメージすれば、氷魔法での攻撃が可能になるはずですわ。
今日は撃つイメージだけを思い浮かべたので属性が全て、放出されてしまったのでしょう。
でも、これなら、十分に成功と言えますわ。
「レオ、こちらも問題ないですわ」
『じゃあ、今日はもう終ろう。いやー、楽しみだなー』
ん? んんん?
もう終わりでいいんですの?
実戦を鑑みた模擬戦闘試験や耐久試験はやらなくてもいいのかしら?
何か、レオの声が最後の方はウキウキしているように聞こえたのですけど。
背筋に寒気がして、鳥肌が立ったのは気のせいですの?
嫌な予感は気のせいかしら?
本当に?
そうですわ……きっと気のせいですわ。
決して、現実逃避している訳ではありませんのよ?
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