第147話 心の片隅を何かが過ぎった気がしますけど、気のせいですわね

 奇妙でおどろおどろしい蛇の巻き付いた意匠が施された杖を手に漆黒のローブを纏った死者の王リッチ・ロードがふわりと舞い降りた。

 その頭の上には黒いうさぎのぬいぐるみが不機嫌な感情を隠すことなく、乗っかっている。


「これはまた、酷いのう」

「腐らせる竜とはな。厄介なヤツがいたもんだ」


 彼らが降り立ったのはミクトラント大陸南西に位置する海岸である。

 かつて風光明媚なことで知られ、シーズンには海水浴を楽しむ観光客で賑わう砂浜が今は見る影もなく、荒れ果てていた。

 普段、どこまでも澄んだ空色の青の続くきれいな海が夜の色で染められたかのように淀み、砂浜を灰の色をした霧が立ち込めている。


「瘴気じゃのう。ふむ、中々どうして、大きなヤツのようじゃのう?」

「図体が大きいだけのデカブツに過ぎんな。ええい、それより、早く探さんか、この痴れ者しれものめが」

「分かっとるわい」


 砂浜にはっきりと残された足跡はゆうに十メートル近くある巨大なものだった。

 鉤爪と足の形から、それを残した生物はドラゴンに近いものであることが見て取れる。

 何かを引きずった轍のような跡もあることから、長い尾も備えているようだ。


「あれじゃないかのう」

「そのようだ。ふむ。相手が悪かったな」


 黒うさぎが指し示す先には金色、銀色、銅色のモノが力無く、大地に伏していた。

 全身が黒く煤けたように変色しており、まるで金属が腐食していくのに良く似ている。


「確かにのう。ほぼ虫の息といったところかのう。さて、どうするね?」

「まだ、生命の炎が消えておらんのだろう? なら、決まっとる」


 かっかっかっと不気味な笑い声を上げると死者の王リッチ・ロードは杖を振り上げ、宙に六芒星の魔法陣を描く。

 六芒星は赤紫色の光を放出すると砂浜に力無く横たわっていた三体のモノを包むのだった。


 🦊 🦊 🦊


 紙を捲る音で意識が覚醒しました。

 夢の世界から舞い戻ってきた私とレオの紅玉ルビーの色をした瞳が交差します。


「起きちゃった?」

「んっ……え?」


 窓から見える空は既に漆黒に染められていて……。

 え? 日が落ちてますわ。

 どうやら、ちょっとだけ、休むつもりがちょっとでは済まなかったのでしょう。

 今日夕食の時間がずれ込みますわね。


 先に目を覚ましていたレオは私に腕を貸したまま、報告書に目を通していたみたい。

 小さな音なのに部屋が静かだから、響いたのかしら?


「面倒な相手ですのね?」

「まあね」


 レオの顔が浮かないものですから、すぐに分かります。

 微かな変化ですけど、分かるのです。

 単純に力押しだけで済む相手でしたら、あのような表情にならないはずですわ。

 それに戦いを生における楽しみと捉えてますわね。

 、そうでしたもの。

 だから、相手が強ければ、強いほど燃えるらしいのです。

 んんん?

 つまり、夜が激しいのはまさか……私を敵と見做してますの!?


「リーナ……また、変な勘違いしてない?」


 レオはそう言うと報告書を見る手を止め、私の頭を優しく撫でてくれました。

 ちょっと落ち着きましたわ。

 少々、取り乱しましたけど……髪を梳くようにすくってから、口付けを落とすのはいけませんわ!

 折角、落ち着きましたのにまた、胸が高鳴って収まりませんもの。

 はぅ、心臓に悪いですわね。

 その所作はどこで学びましたの?

 もしかして、私を殺そうとしてますのね?


「リーナの心が僕のものになるなら、それは間違ってないね」


 心なんて、ずっと前からあげてますけど!

 胸のドキドキが止まらなくて、すごく苦しいですわ。


「レオ、あの……」

「うん」


 彼の顔が近付いてきて、求めあうようにまた、舌を絡め合って。

 もう止められませんでした。

 ここまで盛り上がったんですもの。

 あら? でも、何かを忘れているような……。

 一瞬、心の片隅を何かが過ぎった気がしますけど、気のせいですわね。

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