第142話 死亡ふらぐとやらをクリアしたのではなくって?

 大樹に咲き誇る大輪の花弁が薄っすらと淡い光を放ち、辺りを仄かに照らしていた。

 人に安堵をもたらす慈愛に満ちた光に満たされたのか、その根本で身体を丸めていた大きな獣がゆっくりと立ち上がる。

 長い眠りから覚めたかのように大きく、伸びをするその獣の姿は狐に良く似ている。

 しかし、見た者は狐ではないと気付くだろう。

 まるで蕾が開くかの如く、緩やかに開かれていく尾は九本あり、両手足を覆うのは白銀の毛ではなく、爬虫類を思わせる硬質の鱗である。

 遠目のシルエットでは狐そのものと思われた頭部も鱗に覆われており、その瞳は美しい紅玉ルビーの色をしていた。

 全身はどこまでも細身で優美な曲線を描いており、どことなく女性的な美しさを醸し出してる。


「これは夢かしら?」


 白銀の狐は機嫌が悪いのか、ルビー色の目を細め、独り言つ。


「寝起きの機嫌の悪さはいつも通りだね。まあ、しょうがないよね」


 美しいビロードを思わせる漆黒の毛皮に包まれた雄々しき獅子が現れると白銀の狐に寄り添った。

 まるで対になるような色調の二匹の獣は誰とはなく、うっとりと見つめ合いながら、ただ身を寄せ合う。


「寝起きではありませんのよ? これは夢ですわ」

「そうなんだけどさ。夢だけど夢じゃないってやつだよ?」

「分かっていますわ。夢も私の領域ですわ」

「そうだよね。知ってる」


 仲睦まじい様子で頬ずりをしていた獅子と狐がバサッという激しい羽音に気付き、樹上を見上げた。


「ふふっ。まずはおめでとう。になれたね」


 金色の眩い光に彩られた一羽の孔雀が舞い降り、神秘的な大樹の枝に留まった。


が現れて、私が姿だなんて、何という悪夢なのかしら?」


 白銀の狐が吐き捨てるように憎々し気に放った言葉に黒獅子は眉根を下げる。

 どことなく、人のように困った表情を見せていた。


「かつて、詩人が歌ったわ。『我、天国にて神の奴隷となるよりは、地獄をこそ支配せん』でしたかしら? あなたにとって、この世界はどちらでしたの?」


 🦊 🦊 🦊


 緩やかに室内に射し込んできた光にようやく、重たい瞼を開きます。

 レオがすぅすぅと安らかな寝息を立てて、眠っている姿が視界に入って、安心しました。

 私はこの世界が好き。

 愛すべき人達がいて、守りたい人達がいるこの世界が好き。

 地獄と蔑まれようが関係ないわ。

 ここは私にとって、天国なのだから。


「ねぇ、レオ」


 彼の胸に指を這わせ、昨夜の激しい情事の余韻に耽ってしまいます。

 ちょっと違う世界が見えかけましたもの。

 そのせいかしら?

 力強い腕に手首を掴まれるのに気付くのが遅れました。

 起きてましたのね?

 それなら、先に言ってくださいな……。


「朝からしたいんだね?」

「え、えぇ?」


 違いますけど!?

 『ええ』は肯定の『ええ』ではありません。

 否定なのですけど?

 ちゃんと否定する意味で左右に首を振りたいのですけれど……出来ませんわ。

 まずいですわね。


 昨夜、十八度目の誕生日を迎えました。

 夜はもう激しくて、激しくて仕方なかったのです。

 もう、これで大丈夫と思うと私からも求めてしまって。

 それが悪かったと思ってますのよ?


 全身、筋肉痛になったのかと思えるくらいにあちこちが痛みますし、ベタベタしますの。

 注がれ過ぎて、溢れてきたら、もう終わりと思いますでしょう?

 違いましたの。

 『しょうがないよね』と言いながら、レオは顔や胸に射精していたのですけど……なぜか、嬉しそうに見えましたのよ?

 不思議ですわね。


 それで今、ちょっと身を起こしただけでレオから、もらったものが溢れ出そうなのです。

 だから、これはしたくないのではありません。

 本当はしたいんですのよ?


「冗談だって。夢のせいだよね」


 そう言ってから、わざとチュッとリップ音が鳴るように額にキスを落とし、優しく抱き締めてくれました。

 そ、そうですのね?

 たまに本気なのか、冗談なのか、分かりません。

 私が動きを読めないのはレオだけですもの。


「はい……」

「まだ休んでて、いいよ? リーナが落ち着くまでこうしてるから」


 彼の力強い腕に抱き締められ、心音が感じられるくらい密着しているとさっきまでの不安や焦りが嘘みたいに消えていました。

 睡魔に襲われた私はいつの間にか、夢の世界の住人になっているのでした。

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