閑話13 魔法少年オーカス/コボルト猟兵団誕生
光輝の聖女と豚王
「どうして、このわたしが!」
腰まであろうかという亜麻色の長い髪を風が優しく包み込むように靡かせ、賑わいを見せる通りを一人の少女が歩いている。
本来はちょっと垂れ目気味の眦をつり上げ、怒りの表情を隠そうともしない彼女の耳は先端が尖っており、やや目立つっていた。
エメラルドグリーンの美しい瞳に怒りの色を浮かべ、飄々とした様子の少年への不満を露わとする美しき少女はエルフなのだ。
彼女の名はエレオノーラ・マレフィキウム。
エルフの国・ヴァイスリヒテン王国の第三王女である。
修道女が身にまとう肌をなるべく露出しないようにとデザインされた貞淑な修道服も彼女の手にかかると形無しだ。
裾丈は膝上までしかなく、袖丈も二の腕が露出するほどに短い。
もはや修道服ではない
エレオノーラの容貌があまりに整っている為、何を着ても似合ってしまうだけなのだ。
「でもデスね。これ、やらないとデスでデスなんデスよ」
少年もまた、人目を惹くの十分過ぎる美しい容姿に恵まれていた。
細身ではあるものの引き締まった筋肉が美貌に花を添えている。
ウェーブがかかった蜂蜜色の髪はやや収まりが悪いようだが、美貌を損ねるものではなく、むしろ魅力的にすら見せていた。
空色の瞳はどこまでも澄んでおり、擦れ違った女性が老幼を問わず、思わず振り返って、顔を赤らめる始末だ。
少年の名はオーカス。
人化の術により、人の姿を真似ているが、真の姿は冥界の女王に仕える門を司りし下級神である。
冥界での彼は豚に似た容貌をしており、オークが神と誤認していたほどに良く似ている。
そのせいか、人化をしてもやや小太り気味の少年の姿だった彼がここまで激変したのには理由がある。
とある黒いうさぎのぬいぐるみと骨だけの化け物から、厳しい訓練を受けた結果、生まれ変わったとしか思えない変貌を遂げたのだ。
「なら、さっさとお仕事を済ませるわぁ。分かっているんでしょうね?」
「分かってるデス。僕も早く帰りたいデス」
「分かってるのなら、いいのよ?」
供も連れず、二人は通りを行き交う人の中を急ぐのはオルレーヌ王国の王都ヴェステンエッケだ。
邪悪な混沌竜アジ・ダハーカにより、混沌の侵食を受けた王国は多大な損害を受けた。
その被害は甚大で復興には最低でも十年以上の年月が必要とされるほどに深刻な状況と言われていた。
これまでに施行されていた極端な鎖国政策が悪影響を及ぼし、支援の手すら差し伸べられないだろうというのが大方の予想だったのだ。
ところが意外なところから、その手が差し伸べられた。
遠く、南にあるレムリア帝国の一州都アルフィンからの物的及び人的支援である。
事情を知らない諸国からは取るに足らない物と思われた支援だったが、その効果は絶大な物だった。
そのまま順調に復興計画が進めば、近いうちにかつて、花の都と呼ばれた姿を取り戻すだろう。
「あれがそう?」
「感じるデス。邪悪な気配を感じるデス」
人気のない荒れ果てたヴェステンエッケ郊外へと足を運んだ二人は目的とする場所にたどり着いたことを理解した。
広範囲にわたって、黒い淀みが生じ、霧のように見える瘴気が禍々しいほどに周囲の生命あるものから、生命力そのものを吸い取っている。
「それじゃ、やるわ」
鈴の鳴るような声で囁くように詠唱を始めるエレオノーラに応え、空に巨大な金色の魔法陣が描かれていく。
地鳴りのような震動音とともに魔法陣から、薄っすらと光の渦が浮かび上がり始める。
「ピグルマホグルマファンゴンゴ」
魔法陣の変化に呼応するようにオーカスは奇妙な形状のロッド――薄い桃色を基調とした一メートルほどの大きさの片手杖で先端部がハートの形状をしている――を手にすると舞うようにステップを踏み始めた。
時には跳躍し、時にはくるくると回転し、傍目にも珍妙な踊りをひたすら続ける。
「その詠唱と踊り、どうにかならないのかしらぁ」
オーカスから発動される支援魔法の効果を身に受け、その恩恵をしっかりと感じながらもエレオノーラがオーカスへと向ける視線はどこまでも冷たい。
まるで感情の一切を感じさせない。
ただ、鋭く尖ったナイフのような視線を向けられている当の張本人は『悪くないデス。いいデス。すごくイイ』と内心、考えているとは誰も知らない。
空に描かれた大きな魔法陣が一際、眩い金色の光を放つと周囲一帯の大地からも天へと向け、光が放出され始める。
その日、ヴェステンエッケ近くに残されていた大いなる穢れが祓われたのだ。
🐶 🐶 🐶
もふもふコボルト猟兵団誕生
アルフィンを僅かに南下するとかつて『死の荒地』と呼ばれていた広大な平原が広がっている。
荒涼とした大地がどこまでも広がり、照り付ける太陽の日差しの強さは生きとし生けるものに『死』を連想させるものだ。
そんな『死の荒地』に変化が訪れようとしていた。
アルフィンで農政を任されたカシモラルの献策により、植樹の推進計画が進められているのだ。
高い魔力が含まれたアルフィン湖の水を高圧縮し、ブロック状に変化させ、緑地化プロジェクトに利用したのである。
結果として、徐々にではあるものの荒涼とした大地に緑が戻りつつあった。
しかし、今回の主役はその荒地を高速で疾走する鋼鉄の箱――新規設計・建造された
乗員は車長、操縦手、砲手、そして、弾丸の装填を行う装填手。
魔力持ちであることが必須条件である機関士による合計六名で構成されていた。
機関士を除く、うち五名は小型の愛玩犬によく似た愛らしい姿をしたコボルト族で占められている。
彼らがこの新型車両の乗員に抜擢された理由は愚直なまでの忠誠心とアルフィン防衛戦において、コボルト投石隊が活躍したことが非常に大きい。
しかし、実はそれだけではない。
駆逐戦車のキャビンが見た目以上に狭く、人を選ぶのだ。
その為、出来るだけ小柄で手先の器用な人材が求められた結果、該当するのがコボルトしか残らなかったのが真相なのである。
「目標視認! 距離一万でしゅ」
「よーしゅ。そのまま、全速前進でしゅ!」
車長であり、アルフィンのコボルト族を統べる長パトラの号令により、操縦手を務めるコボルトがアクセルペダルをさらに踏み込んでいく。
それに応えるように機関部はさらなる唸りを上げ、無限軌道に伝えられる力が増していく。
「距離八千でしゅ」
「装填でしゅ!」
「次弾装填」
荒野を疾走する駆逐戦車はさらに速度を上げながら、荒野に設置されている
「
「
狙い通り、目標を捉えた魔榴弾は着弾すると強烈な光と爆風を起こし、周囲一帯を大きなクレーターに変える。
「
「よしゅ。しかし……これはどうするでしゅ」
高速で走行しながら、榴弾砲を発射し、見事に目標を破壊する。
試験走行として、申し分ない上出来の結果を残しながらもパトラの表情に喜びの色は見えない。
それというのも発射と同時に無限軌道の履板が無茶な挙動と
その結果、自走が困難な状態になってしまい、途方に暮れる面々である。
慰めるように大地の精霊グノーメ族である機関士のビジュがにへらと笑いながら、言った。
「大丈夫ですよぉ。お迎えすぐきますしぃ」
「そ、そうでしゅね」
何の疑いも抱かず、純心に言っているだろうビジュに『違う迎えが来そうでしゅ』とは言えないコボルト達であった。
結局、彼らは動かない駆逐戦車と一夜を過ごす羽目に陥るのだがそれはまた、別の話である。
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