第140話 レオが夜ちゃんと寝かせてくれないから、いけないのだわ

 レオの攻撃(キスとも言いますわ)であふたふたしている中、ザルティスさまは一人難しい顔で顎鬚を撫でながら目を細めて、こう言ったのです。


「ここは騙されたと思い、儂にも一枚噛ませてもらえませんかのう」

「え? 嫌ですわ。レオ以外の男性は受け付けませんの」


 『ふぉふぉふぉ。いつもこんな感じですかのう?』『そうなんだ』と私を置き去りにして、殿方二人で話を進めているのですけど!?


「つまり、第二の脳とでも言いますかのう。毒の尾針を飛ばせる飛竜を素材にすべきですのう」

「第二の脳か。オデュッセウスの翼も改良出来るかな?」

「ふむ。魔力波の問題ですのう」


 ええ?

 この私を無視して……ないですわ。

 会話では無視されているのですけど、

 上半身を支えている手で周囲に分からないように胸を揉んでいるんですもの。

 周りは全く、気付いてないのですから、恐ろしいですわ!


「儂はあちらの世界からやってきた人間の話を聞くのが好きでしてのう。色々と役に立つ面白い話を知っておるのですじゃ」

「じゃあ、改良出来そうかな?」


 などと真面目な顔でまともな話をしながら、ずっと胸を揉んでいるんですけど。

 揉んでいるだけでしたら、マッサージと思って我慢も出来るのですが、これは愛撫ですのよ?

 レオの指先の器用さに太刀打ち出来なくて、指だけでも危うく意識が……いけませんわ。

 『もう意識を飛ばして、楽になりたい』なんて、考えたせいかしら?

 顔が火照って、暑いですし、口を開いたら、あらぬことを口走りそうで非常にまずいですわね。

 二人は何処を攻略するのやら、不思議な話を繰り広げていて、終わる気配が見えません。


「ふむ。そうですのう。ロマンは大事ですのう」

「だよね。分かってくれて、嬉しいな」


 お二人の話を聞いていると胸をひたすら愛撫されて与えられる快感よりも眠気の方が増してきました。

 レオが夜ちゃんと寝かせてくれないから、いけないのだわ。

 そう。

 私は寝たくて寝ようとしているのではなく、不可抗力ですわ。


「リーナ、寝ちゃった?」


 レオが優しく、そう声をかけてくれたような気がするのですけど、意識が既に闇の底に沈んでいた為、反応することが出来なかったのです。


 🦁 🦁 🦁


 頬を撫でる温もりを感じさせる温かな感触にゆっくりと瞼を開きました。

 体に残る微かな気怠さはあるものの、抗いがたい睡魔の誘惑はもうありません。

 目の前には紅玉ルビーの色をした瞳に心細さと不安を浮かばせたレオの顔があって、視線が絡みました。


「起きた? もう大丈夫かな」

「え?」


 ここはどこなのかしら?


「急に動くと危ないよ?」

「はい?」


 冷静になって、周囲を窺うとどことなく不安定に揺れる居場所と陽光に煌めく水面。

 髪を靡かせる涼しい風はやや冷気を帯びているようです。


「ここは?」

「ボートでデートは定番かなと思って」


 ええ?

 風景からするとお城が見えますから、寝ている間にそのまま、湖に連れてこられたのかしら?

 おまけに背後から抱っこされるようにしっかりと抱き締められています。

 私、この格好で熟睡してましたの!?


「あ、あの今、何時ですの?」

「もう少しでおやつの時間かな」


 おやつということは結構長い時間、寝たようですわね……。

 あのお話をしていたのはお昼前だったのですから、大いにやらかしてますわ。


「レオ……お昼は?」

「リーナが寝ているのに僕だけ、食べたりはしないよ」


 そう言いながら、耳をむように甘噛みし、舌先で舐めてきます。

 こんなにも翻弄されるので、たまに彼が年下なのを忘れてしまいますわ。

 私がもっと積極的にリードするべきなのかしら?


「ここで食べちゃうと危ないからなぁ」

「そ、それはどういう意味ですの?」

「そういう意味だよ」


 いくら私が鈍くても分かってますわ。

 食べるの意味くらいはもう、頭から湯気が出そうなくらいに理解しています。

 そんなことをしたら、二人とも水浸しで済まなくなることも!


「お昼は諦めるとして、おやつ食べたいな。リーナの」

「わ、わたくしの!?」


 以前、腕によりをかけてクッキーを作ったことがあるのです。

 ちょっときつね色よりも濃い茶色になったのは気になりましたけど、自信を持ってレオにあげました。

 一つ一つを『あ~ん』で食べさせる私の方が恥ずかしくて、ダメージが大きかったのは想定外でしたけど。

 そして、『美味しいけどちょっと焼きすぎちゃったかな』と言われ、かなりのショックを受けたこともよく覚えています。

 そうですのよ。

 レオはなぜか、お菓子作りも私よりうまいのですわ。

 おかしいですわ。

 でも、あのクッキーが私史上、会心の出来だったのは一生の秘密にしておこうと思いますの。


「駄目?」


 背後から抱き締めてくる彼の腕にちょっと力が込められているのを感じます。

 それなのに声にはいつもの元気さが感じられないから、きっとお耳と尻尾が垂れて、しゅんとなった仔犬みたいな表情しているのでしょう。


「駄目って、言うと思いましたの?」

「じゃあ、いいの? やった!」

「ひゃん、あっ……」


 喜ぶのはいいのですけど、その指で胸とか、弱いところを刺激するのやめて欲しいですわ。

 上陸する前に既にぐったりなのですけど。

 息も絶え絶えなのですが、どういうことなのかしら?


 やや乱れた着衣も手慣れた様子で直され、また横抱きに抱えられることになりました。

 動けなくなるほど責めなくても逃げたりはしませんのに。

 妙なところが心配性でかわいいのよね。


 こんなにも深く愛されていて、幸せ。

 愛していて、愛されているんですもの。

 ただ、もうちょっと手加減して欲しいですわ。

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