第131話 乾いた大地を潤す雨のように

 お姫様抱っこをされたままで手には黒いうさぎさんのぬいぐるみですもの。

 恥ずかしくて、死ねますわ。


「そろそろ、帰る?」


 顔をうさぎさんで隠していたのにレオにはバレていますものね。

 熱が出たのかもと勘違いしそうなくらいに頭が熱いですわ。

 規則正しく、聞こえるレオの心音が私の心臓をさらにドキドキと激しくさせるのです。

 

「はい」


 顔を隠したまま、小声でしか答えられません。

 もうドキドキし過ぎで苦しいくらいなんですもの。


 町の外に出てから、ある程度は離れたところで転移の魔法を使うのが私達のルールですわ。

 そうしませんと転移の魔法が珍しいですから、人目を引いてしまいますもの。

 今日もそれで帰る予定にしていたのですけど、相変わらず、彼に抱き抱えられたままなのです。

 もう人目はありません。

 これは恥ずかしいというよりは嬉しさの方が大きいですわね。

 あら? これは……


「もう少し、離れてから、魔法使う? あれ、どうしたの、リーナ?」

「すごく弱い気配なのですけれど、何者かがこの気配は……戦っているようですわ」

「誰か、襲われている感じかな。助けに行く?」


 残念なことに襲われている側の気配はほとんど感じられません。

 ちょっと前にはっきりと感じた気配が今はもう微弱な一つのみなのです。


「もう遅いかもしれませんわ」

「それでも行くんだよね? どっちかな」


 無言で気配がする方を指差すとレオは薄っすらと人懐こい笑みを浮かべ、走り始めるのでした。

 速いから! あまり、速いと揺れるんですのよ?

 怖いから、抱き付いていると彼にニヤと笑われた気がするのですけど。

 もしかして、わざとですの?


 🦊 🦊 🦊


 思ったよりも酷いですわね。

 惨状という言葉がこれほど、ふさわしい現場はないかもしれないわ。

 横転した幌馬車を中心に守るように遺体が倒れていました。

 どれも損傷が激しく、五体満足な者もいなければ、生命の温もりが残っている者もいません。


「酷いね」

「これは魔物ではなさそうね。魔物から受けた傷ではないもの」


 ある者は袈裟懸けに何度も切り裂かれていますが、爪や牙によるものではないですわね。

 きれいに手入れされた刃物によるもので間違いないかしら?

 二足歩行型のゴブリンやオーク、リザードマンなど、魔物とされる亜人種は人と同様に刃物を武器として使います。

 ただし、これほど切れ味のいい状態を維持したまま、使用するかは怪しいですわ。


「野盗かな。死体はどれも男ばかりだね。女の人がいないってことはそういうことじゃないかな」


 『レオも色々と考えるようになりましたのね』と彼の横顔に見惚れていると地面に下ろされました。


「僕だって、考えてるさ」


 『あら、どうしたのかしら?』と思っているうちに後ろから、しっかりと逃げられないように抱き締められてます。

 手際が良すぎて、白旗を上げるしかないですわ。

 動けませんし、収まるところに収まった心持でどこか、落ち着くのはなぜでしょう?


「また、考えを読みましたの?」


 拗ねるようにそう言うと首筋に噛みつくような口付けを落とされて……これ、髪で隠したり出来る位置なら、いいのですけど。

 後でアンに『もう少し、自重してくださいねぇ?』と小言を貰うのは私ですのよ?


「レオ……」

「うん、分かってる」


 極微弱に感じた生命反応はきっと、あの子ね。

 ズタズタに切り裂かれた男性と女性の血塗れの遺体をジッと見つめながら、呆然と立ち尽くしている小さな男の子。

 ふらふらと覚束ない足取りで歩き始めると柔らかそうな大地に座り込み、その小さな手で穴を掘り始めました。


「あの子、お墓を掘ろうとしているのかしら?」

「そうだろうね。どうする?」

「ふふっ、どうするって、もう決めているのでしょ?」

「まあね。リーナがそうしたいなら、僕はかまわないよ」

「ひゃぅ!?」


 えぇ?

 歩けるのですけど、また横抱きに抱えられてしまいました。

 いいですけど……いいんですのよ?

 レオったら、私を甘やかしすぎではないかしら?

 そうして、私達がすぐそばまで近付いてもその子は穴を掘るのはやめようとはしません。

 ただ、何かに憑りつかれたように作業を続けているのです。

 空はそんな彼の心を反映するかのように灰色に染まっていて、やがて、涙のように雫が天から降り始めました。


「雨……?」

「そうみたいだね」


 男の子の手は傷つき、血塗れになっていきますがやめようとしません。

 この子が求めているのは何?


「力が欲しいの?」


 その言葉に私を抱き抱えているレオが一瞬、ビクッとなりました。

 分かっていますわ。

 憎しみのまま、力を望めば、それは己を破滅させる剣としかならないことを。

 それは身をもって、学んでますもの。


 男の子は穴を掘る手をやめることなく、無言で頷きました。

 しかし、続いて出てきた言葉は……


「みんなをまもるちからが……ほしい」


 言葉を聞いたレオは私を地面に下ろすと男の子を抱き上げ、服に付いた泥をはたいてから、『僕達と一緒に来るかい?』と膝を折って、同じ目線で語りかけています。

 その間に私は既に命の失われた勇気ある者達を元の姿に戻すべく、癒しの魔法をかけました。

 せめて、その御遺体を少しでもきれいな状態に戻してあげるくらいはしてあげたかったから。

 一度、失われた命を戻すことは出来ません。

 それは理に反するのです。

 爺やは生き返ってませんでしょう?

 転生の法も命を繋ぐに過ぎませんもの。

 雨はいつしか、はっきりと雨足が見えるほどに激しさを増していました。


 🦊 🦊 🦊


 御遺体を全て、収納ストレージに回収し、アルフィンの墓地に埋葬することになりました。

 唯一の生存者だった三歳の男の子もアルフィンで暮らすことに決まったのです。

 共同埋葬なので墓碑には『名も無き勇敢なる者ら』と刻み、あの子がいつでも会いに行けるように整えました。


 アルフィンも福祉にようやく力を入れられる余裕が出てきましたから、孤児院や救護院といった施設があります。

 男の子もそのような施設に引き取ってもらうべきという意見があったのは事実です。

 ですが、お城で引き取ることにしました。

 私とレオの子供として。


「れー」

「レイですの?」

「れー」

「そうね。じゃあ、あなたは今日から、レーゲンですわ」

「れー、げん?」

「そうよ、レーゲン。雨という意味ですのよ? 乾いた大地を潤す雨のように。なれるといいですわね」

「はい」


「リーナ、あんなこと言ってるけど大丈夫かな」

「お嬢さまはだいたい、あれが定時進行ですよぉ」


 後ろの方でレオとアンが失礼なことを言っているような気がしますけども、今は聞かなかったことにしてあげますわ。

 二人にもしっかりと手伝ってもらわないといけませんもの、ふふっ。

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