第124話 エピローグ③這い寄る黒い影と黒いアレ
肩の辺りで切り揃えられた濡れ羽色の髪。
髪と同じ色のタキシードを着込んだ浅黒い肌の青年の瞳が妖しく、深紅に輝く。
「おやおや、これはまた、酷くやられたものです」
青年は掌の上で脈動を続ける小さな球体に語りかけるとニタァと意地の悪い微笑みを浮かべる。
「もう少し、遅かったら、完全にお陀仏。いえ、オシャカになっていましたね。ぶわっははは。ざまあないですよ、アジ・ダハーカ」
抗議するように球体が仄かな光を放つがそれを意に介さず、ポケットにねじ込む。
「何、心配はいりません。時間はかかりますが……ね」
青年の姿は闇に溶け込むように消えていった。
残るのはただ静寂のみである。
「あれはアカ・マナフか。ふぅん、まあ、妥当な人選かな? しかし、あそこまで弱ったあいつにどれくらいの魂が必要だろうね」
他人事のように顎に手をやり思案する振りをする少年の姿はとても美しい。
その髪は金色に輝き、闇にありながらも周囲を照らすように仄かな光を放っているように見えた。
しかし、その瞳は深い海のように昏く、いささかの感情の光も宿っていない。
「まだ、僕の刻ではないからなぁ。次は何で遊ぶぼうかな?」
口角を僅かに上げ、笑みを浮かべる少年の表情に浮かぶのは底知れない闇そのものだった。
🐰 🐰 🐰
ダンダン。
石畳を激しく叩きならす音は次第に激しさを増していく。
音の主はかわいらしい黒いうさぎ。
苛立ち紛れに地団駄を踏んでいるその音が周囲に響き渡るほどにうるさいのだ。
二本足ですくっと立っている黒いうさぎは良く見ると生命あるものではなく、ぬいぐるみであることが分かる。
「ベル! さっさとやれ! でなければ、死ね」
「わし、もう死んでるが?」
「何度でも殺してやるぞ?」
「出来るものなら、なあ? 試してみるかのう?」
そのうさぎのどこを見ているか、分からない作り物の真っ黒な瞳が睨んでいるのは黒いローブを纏い、フードを目深に被り、仰々しい杖を手にした男だ。
フードの隙間から見える男の容貌に肉はなく、骨しかない。
眼窩に闇と炎を宿した男は表情の分かりにくい顔でさもうんざりしたように言い返す。
「ふんっ! 時間の無駄だ! さっさとやれ!」
「分かっておるわ」
ローブの男が杖を高く掲げ、詠唱を始める。
ゆうに成人男性の背丈を超える高さはあろうかという石碑に刻み込まれた古代文字の碑文が光を放ち始めた。
それと同時に石畳に書き込まれていた魔法陣からも光が煙のように立ち昇っていく。
緩やかな光で構成された竜巻が石碑を中心に発生しており、その様子はまるで夢の世界の一幕のようにすら、思える光景だった。
「終わったぞい」
「ご苦労! これで終わりか」
「ああ、そのようじゃな」
それを見届けると一羽と一人は満足気に頷き、光の竜巻の中に飛び込み、姿を消すのだった。
🌺 🌺 🌺
白亜の城アルフィンの中庭に設けられたガーデンファニチャーは落ち着いたデザインのものがあつらえており、チェアの背もたれに百合の花の意匠が入っている。
「おかえりなさい、お祖父さま。お疲れでしょう? 御一緒にお茶はいかがです?」
優雅な所作で紅茶の注がれたカップを口に運んでいたリリアーナがトテトテという音が出そうな歩き方で近付いてくる黒いうさぎに声をかける。
「疲れておらぬぞ。まだまだ、いくらでも出来るぞ」
先程、『殺す』だの、『死ね』だの言っていたのと同一兎とは思えない声色でそう答えながら、スキップしそうな勢いで孫娘の誘いに乗る黒うさぎ。
大魔導師イシドール。
うさぎのぬいぐるみになっても自分の欲望にどこまでも正直な男である。
彼の目下の悩みは以前にも増して、孫娘の雰囲気が柔らかく感じられるようになったことだ。
この変化は彼女にとっても周囲にとっても好ましい状況なのだが、そうさせた少年のことを思うと少々、腹立たしく感じているのも事実だった。
おまけにそいつもリリアーナと同じ、自分の孫なのだから、より複雑な気分にさせるのだ。
「お祖父さま、御無理はなさらないでくださいね」
「無理なんぞ、しとらん」
ちゃっかり、孫娘の膝の上に陣取ったイシドールは束の間の平穏を楽しむのだった。
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