第122話 エピローグ①氷は既に溶けている

 アジ・ダハーカが斃れてから、一週間も経ちますとオルレーヌの王都ヴェステンエッケも徐々にではありますが、かつての平穏で美しい街並みを取り戻しつつあるようです。

 まだ、日が高い位置にある時間でも人の姿がまばらにしか、見受けられないのは時が解決してくれるまで待つしかないのでしょうけど。

 ふと王城の傍らに立つフリアエだった女神像に目をやると既にいないはずの彼女がかつて、私に向けてくれたお日様のような笑顔を浮かべたように見えました。


「リーナ、お疲れ様」


 いつの間に後ろに来たのかしら?

 背後から腕を回したレオにしっかりと抱き締められていました。

 成長期なのでしょう。

 急に背が伸びただけではなく、男らしくなって、より素敵でかっこよくて、危険ですわ。

 悪い虫が付かないように手を回さないといけませんもの。


 ええ、私は全然、伸びませんけど……別のところだけはレオのお陰で成長した気がしますわね。

 少しくらいは抵抗してもいいかしら?

 そう思って、力を入れてみても彼の腕が力強くて、振り解く以前の問題ですわ。

 でも、本当は違いますの。

 振り解くふりをしているだけなんですもの。

 振り解くつもりなんて全くないのですけど、レオには内緒ですわ。


「帰りましょうか」

「都に行くんじゃなかった?」


 まばらとはいえ、人の目がありますから、気にならない訳ではありません。

 レオったら、抱き締めているだけではなくて、傍目に分からないように胸を揉んでくるんですもの。

 わざと音がするように首筋にキスまでしてくるのですから、油断ならないわ。


「行く必要がなくなりましたの。レオは公にカルディア辺境伯になれたんですもの。レムリア皇帝お墨付きですのよ?」

「それが僕に必要だったってこと?」

「レオ一人ではなく、私達に必要なことですわ」


 レオは一度、この世界から消えている存在だから。

 あちらとこちら。

 次元を跨いで転生する者は少なからず、存在しています。

 しかし、転生は世界にとって、消えたと認識される訳ではありません。

 転生ではなく、転移。

 何らかの力で別の世界にそのままの肉体で飛ばされた現象が転移にあたるのですが、レオは転移を二度、経験していることになるのです。


 十年前にアルフィンから、『裏世界』の東京に飛ばされたのが一度目。

 そして、東京から戻って来たのですから、二度の転移ですわね。

 本来の場所、彼がいるべき場所に戻っただけですから、一見、問題がないように見えますでしょう?


 それなのにややこしい話になってしまうのは彼の置かれた立場と身分が複雑なせいかしら?

 でも、それも全て解決ですわ。

 辺境伯という肩書さえあれば、あとはどうにでもなりますもの。


「これで表舞台に立てますのよ? 嬉しくはありませんの?」

「リーナがいいなら、僕はいいんだけどさ」


 そう言うと私を抱き締めている腕に力を入れて、ギュッとしてくれるのです。


「私はレオと一緒なら、どこであろうと何であろうと平気ですわ。だから、帰りましょう」

「そうだね。帰ろう」


 そう言いながらもこの心地良い余韻に浸っていたかったのは私だけではなくて、レオも一緒だったみたい。

 暫く、何をするのでもな……いえ、レオは何かを確実にしているのですけど。

 この際、それは気にしなくても……


「ちょっとレオ、外ですから」

「大丈夫だって」


 アルフィンに帰ったら、眠らせてくれないのでしょうね。

 それは幸せで満ち足りているのですけど、少しくらいは手加減して欲しいわ。


「手加減して欲しい?」


 耳元でドキッとするようなことを言われて、顔が火照ってしまいます。

 心の中、覗いてるの?

 それとも私、口にしてたのかしら!?


「違うよ? リーナの考えてることだから、分かるだけ」


 どうしましょう。

 帰ったら、私から襲ってしまいそうですわ。


「それもいいね」


 フッと耳に息を吹きかけられて。

 やだぁ、それ。

 ちょっと気持ちいいかも……って、やはり、聞こえてるのではなくって!

 これ以上は顔の火照りが我慢出来そうにないので転移で逃げることにしました。

 転移先はお城の寝室ですから、どうなったのかは申し上げるまでもないでしょう。

 手加減?

 そのような三文字の単語、レオの辞書にありませんから。

 スタートこそ、『リーナが上がいいな』なんていう言葉に胸がキュンとして、彼が動かなくても感じてもらえるようにって、頑張りましたのよ?


 ええ、頑張ったのですけど、いつも通りですわ。

 でも、動けないとレオが優しく、色々としてくれるので嬉しいのです。

 『色々』としてくれるの『色々』が本当に『色々』過ぎて、余計に動けなくなったのですけど、どうしてくれるのかしら?

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