第121話 消えて、なくなれええ!
「いっけええええ!」
中央の頭が失われてもまだ何事も無かったかの如く、うねるように動く首にムラクモを突き刺すと振り上げたミョルニルを叩き込んだ。
ターニャが体内で
これなら、やれる気がする。
漠然としているのに感じる確かな感触がわたしの心に火を付けた。
「こんのおおおお!」
ミョルニルにさらに右手を副え、渾身の力でムラクモを押し込んでいく。
魚を三枚に下ろす。
狩りで獲った獲物を血抜きして、捌く。
そんな好意が可愛く、見えてくるスプラッターな世界が目の前に広がる。
引き裂かれていく肉、断たれて砕かれていく骨。
耳障りな音を立てながら、どす黒い血のような液体が飛び散る。
目の前が真っ暗になりそうなのを堪え、ただひたすらミョルニルに力を加える。
そして、ムラクモの切っ先が堅い何かにぶつかった。
「消えて、なくなれええ!」
今、わたしが出来ることをしなきゃいけない。
自分の中にある魔力を全て、解き放つ。
金色に輝くミョルニルを両手でしっかりと握り直して、大きく振り上げてから、ムラクモの突き刺さった『何か』に向け、思い切り振り下ろした。
🐉 🐉 🐉
『ギュワアアアアアア』
その咆哮に大地が震え、雲が消えていく。
苦し紛れに空に向け、赤黒い炎を噴出した二つの首が力を失くし、轟音とともにその巨体ともども、大地に倒れ伏した。
足首への執拗な攻撃で揺らぎを見せ始めたことから、三体の
「終わったのか?」
力無く呟くテオドリックの顔を温かいものが伝っていく。
ジークフリートも全身、傷だらけで左腕は既に機能していないのか、だらりと垂れ下げられたままだ。
バルムンクを地面に突き刺し、ようやく立っていられる状態だった。
「どうだろうな。伝説の邪竜だからな……」
より効果的にダメージを与えるべく、零距離での魔弾射撃を行っていたサオシュヤントもまた、全身に傷を負っていた。
それ以上に魔力を多く消費したようでカーミルの顔には疲労が色濃く残っている。
「ターニャを迎えに行かなきゃ」
ハールバルズは比較的、軽いダメージで済んでおり、ディアナも辛そうではあるがまだ、表情に幾分か、余裕があるようだった。
「いいのか?」
「ええ。任せて」
テオドリックとディアナの間にはあまり、会話がいらないらしい。
たった一言二言だけで通じてしまうのはまるで熟年夫婦のようだが二人ともまだ、十四歳の少年少女であり、実際に顔を知ったのも極最近なのだ。
🦁 🦁 🦁
フリアエを遥か上空で静かに滞空させ、アジ・ダハーカが大地に伏せるのを確認しました。
例の赤い
あの男は何千年経とうとも変わりませんのね。
相変わらず、頑なに考えを変えないでずっと生きていくつもりかしら?
「終わった……のかな?」
「そうだといいのですけど。アレ、二度目ですのよ?」
「また、蘇るって? 蘇らないようには出来たらなぁ」
「核となる部分を完全に破壊出来れば、もしかしたら……と思うのですけれど、その核の部分をどこに隠しているのか」
「しかもあの巨体か……全て、消し去るのも難しいかな?」
レオが何を考えているのか、分かります。
眉間に皺が寄ってますから、選びたくない考えにいきついたのでしょうね。
「それはしない方がいいのではなくって? あの竜は動かなくなってもその身から、発する瘴気で大地を蝕みますもの。もし、一気に灼いたりしたら……分かりますでしょう?」
「そっか。じゃあ、アレどうする? 放っておく訳にもいかないよね」
混沌に属する魔物は命を失うと瘴気になって、この世界から消滅します。
アレは命を失ったというよりも機能を停止した、もしくは止まっているだけですから、厄介なのよね。
そうなると残る手段は光の浄化魔法を使うしか、ないわ。
「レオ、やはり当初の予定通り進めましょう」
「リーナはそれでいいのかい?」
「ライラもそう望んでいるみたいなの。自分の人としての生は十年前に終わっている、と彼女は言っているわ。これが恐らく、自分に与えられた運命・役目なのだろう、とも」
「分かった……ヴェステンエッケに向かおう」
🏙 🏙 🏙
その日、ミクトラント大陸北西に位置するオルレーヌ王国の首都ヴェステンエッケを中心として、大規模な地震が発生した。
隣国からも確認されるほど、巨大な光の柱が出現したのもまさにその地震のさなかであったと言われている。
光の柱はやがて、天に戻っていくように空に消えていき、その仔細が史書に書き残されることになる。
『オルレーヌの奇蹟』――後世の人は穢れし大地が浄化されたこの現象を光の奇蹟と呼んだのである。
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