第119話 この世の果てより訪れし、終末の竜
鎌首をもたげた巨大な三つの頭から放たれる圧倒的な威圧感で空気が震動する。
誰も動こうとしない。
否。
動けないのだ。
実体化した両足で大地を捉え、ゆっくりと起き上がる巨大な黒い影。
この世の果てより訪れし、終末の竜。
その名はアジ・ダハーカ。
邪悪にして、凶悪とされる姿の全貌が露わとなっていく。
左右に大きく開かれた翼はゆうに百メートルを超えており、鎌首をもたげた状態でも下手な小山を思わせるほどに大きな体から放たれる威圧感は尋常なものではない。
『ガウウウウウウウウ』
三つの頭が大きく顎を開き、発した唸り声に大地が震撼し、雲が掻き消された。
地響きを立てながら、じりじりと動き出したアジ・ダハーカを前に誰一人、動けない状況の中、真っ先に動きを見せたのはジークフリートだった。
「ここで俺達が負けたら、この世界は終わりだ。俺に続け」
オルレーヌの剣と呼ばれた家の誇りを、名誉を取り戻す為か?
違う。
自らの力を知らしめ、王たらんとする為か?
違う。
この国で生きる人々を、この世界に生きる人々を守る為だ。
決意を胸に秘めたテオドリックの心に応じるようにジークフリートの全身が眩い金色のオーラで薄っすらと覆われていく。
大剣バルムンクを下段に構え、アジ・ダハーカの足元に向け、一気に駆け抜けるジークフリート。
「うおおおお! この化け物め!!」
バルムンクの刀身から、赤く燃え上がる炎が生じ、炎そのものを腕に纏ったジークフリートの斬撃が巨大なドラゴンの足首を捉え、一閃する。
何かが破られるような耳障りな音が響き渡り、強固な鱗を切り裂き、その傷口からは血ではなく、ドロリとした真っ黒なヘドロのようなものが噴き出す。
「ぐぅ」
意外なことにそれだけの傷を与えたのにも関わらず、弾き飛ばされたのはジークフリートの方だった。
予め、それを予測していたように動いていたサオシュヤントがジークフリートを受け止めるがアジ・ダハーカから流れ出た黒い液体を僅かに浴びたその左半身が白煙を上げながら、腐食していく。
「大丈夫か、テオ」
「ああ、問題ない」
テオドリックはカーミルの抑揚が無いながらも自身を案じる短い言葉に嬉しく思いながらも事も無げに答える。
だが、その顔は苦痛に歪んでいた。
「このままではいずれ、奴が飛び立つ。その時、世界が終わるな」
「あの……わたし……わたしにやらせてください」
自嘲気味にテオドリックが呟くとそれまで俯き、何かを思案していたターニャが意を決したように口を開いた。
「そうだね。ターニャにしか、出来ないかもね。この中で飛べるのはターニャだけ。彼女に賭けるしかない。そうだ。これを持っていって。代わりにそれ、貸してくれる?」
ハールバルズがヤマトに近付き、巨大な大槌ミョルニルを渡し、激励するようにその肩を軽く、数度叩いた。
ヤマトが代わりに大盾ハヤトを渡すとハールバルズはそれを地面に突き立て、左の掌でその表面の紋様をなぞっていく。
ハヤトの紋様が光始めたかと思うとその外周から、銀色のオーラが放出される。
「さぁ、ターニャ。行きなさい!」
「はい」
ヤマトが純白の翼を広げ、飛び立っていくのを見届けると防御フィールドを構築しているハヤトを中心として、三体の
『グアアアアア』
三体の姿を認めたアジ・ダハーカは再び、全てを震え上がらせる咆哮を放つとその大きく開かれた口から、赤黒く仄かに燐光を上げる炎を浴びせかける。
しかし、その時、不思議なことが起こった。
炎は三体を呑み込むことなく、僅かに逸れていき、大地を大きく切り裂いていたのだ。
「外してくれたのか!?」
「まさか?」
「考えるより、動くべきだろ」
サオシュヤントがホバリングで高速移動しながら、フェイルノートの魔弾をばら撒き、アジ・ダハーカの傷ついた足へと攻撃を始め、それを援護するようにハールバルズが開いた傷口に向け、グングニルを撃ち込んでいく。
ジークフリートはハールバルズを守るようにその傍らでバルムンクを構え、仁王立ちするのだった。
🦊 🦊 🦊
「リーナ、手を出さないって、言ってたよね?」
「ふふっ、出してませんわ。勝手に外したのではなくって?」
四体の
本来は王都の中心で光の浄化魔法を発動させ、フリアエを機能停止させるのが目的ですし、それがライラの願いであったのですけれど、寝覚めが悪くなりそうですもの。
ライラだって、そうでしょう?
「レオも本当はしたいのでしょう?」
「まあね。あの時、止めを刺せなかった僕のせいな気もするしさ」
そういえば、そんなこともあったわね……。
アジ・ダハーカとは少なからぬ因縁ありますものね。
「では私は右の翼を狙いますわ。レオは左でもよろしくて?」
「派手にしてもいいかな。俺のこの手が激しく、呻るんだよね」
わきわきと開いている方の手をグーパーしているレオの姿に別の意味でドキドキするのですけど。
いけないですわね、妙な妄想をしてしまうのは!
「
「
フリアエの左右の手に燐光を上げる魔法の槍が握られています。
右手には真紅の光で輝く槍。
左手には青白い光で輝く槍。
「投擲はレオにお任せしてもいいかしら?」
「任せて! リーナが投げると……うん、何でもない。とにかく、僕に任せてよ」
分かってますわ。
私が投げると明後日の方に飛んでいきかねませんものね……。
ええ、分かってますとも。
投擲体制に入ったフリアエが両手を振り上げ、腕がしなるほどの勢いで二本の槍を投げ付けました。
「まるで流れ星みたいですわ」
「ねえ、リーナ。あいつもやるみたいだけど?」
「そのようね。大きすぎる力で均衡が崩れるのが許せないのでしょう」
「だからって、裏でこそこそやっているのは気に入らないなぁ」
そう言うとレオにしては珍しく、鋭い視線を向けるのは私達から、視認出来る場に滞空している真っ赤な
ヤマトのように鳥の翼を模した羽を広げ、宙に佇む
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