第118話 貴様らは神と恐怖を同じくするのだ

 思ったよりも歯応えがなかったようね。

 フリアエの周囲には二分少々で屑鉄の山と化した大司教ビショップだった物の残骸が散らばっています。


「まあ、こんなものだよね」

「もう少し、暴れたかったのでしょう?」

「もう十分かな。力は残しておくべきだしね」


 握り合っている手に彼がちょっと力を込めてきました。

 握り返してみるとはにかむような笑みを浮かべているではありませんか。

 何ですの、その笑顔。

 心臓が苦しいくらいドキドキしているのですけど。

 未だにレオのあの笑顔に慣れないなんて、私もまだまだ、ということかしら?


「それじゃ、行こうか。都へ」

「ええ。終わらせましょう、それにお祖父さまにも連絡しておきませんとね」


 折り畳まれていたフリアエの翼が広がり、その巨体が再び空へと上がります。

 行先はすぐ鼻の先にある王都ヴェステンエッケ。

 目的はアレを倒すことではありません。

 アレは人の手で倒すべきモノですから。


 🐉 🐉 🐉


 陽炎のように揺らぐヴェステンエッケへとゆっくりと歩みを進める四体の魔動騎士アルケインナイトの前に暗雲のように重く立ち込める黒雲が空を覆っており、ときおり走る紅い稲妻が大地を不気味に照らす。

 彼らの歩みを妨げんと現れた宙に浮く小さな影は人の姿をしていた。

 黒いマントを羽織り、のたうち回る蛇のような黒い髪を逆立てながら、魔動騎士アルケインナイトを睨みつけるその瞳は蛇の目のようにぎらついている。


「くっくっくっ。よくぞ来た。我に喰われにご苦労なことだ」


 ザッハークは口許に覗く牙を隠そうともせず、仰々しくマントを翻した。


「ザッハーク! 貴様に殺された一族の仇、今こそ取らせてもらう」


 テオドリックはジークフリートが右腕に握るバルムンクを両手でしっかりと構え直すと宙に浮かぶザッハークに向け、大地を思い切り蹴りだし、跳躍した。

 その斬撃は完璧にザッハークの身体を捉えており、頭上から勢いよく振り下ろされたバルムンクにより、その身体は肉塊のように潰されるものと誰しもが思った。

 ところが予想だにしないことが起きる。

 斬りつけたジークフリートの巨体が弾き飛ばされ、地表へと叩き落とされたのだ。

 テオドリックの咄嗟の判断により、何事もなく、着地に成功したジークフリートだがその眼前でザッハークの身体が思いもよらない変化を遂げていく。


「貴様らは幸運である。光栄なことと思うがいい。我が真の姿を見せるのはこれで二度目。一度目は神を相手にしたのだ。そう。貴様らは神と恐怖を同じくするのだ。さあ、見るがいい。そして、恐れるがいい」


 ザッハークの身体が判別も付かないほどの闇一色に染まったかと思うと急速に膨張を始めていく。

 うねうねと蠢くように脈動しながら、膨張していくその姿が徐々にはっきりとした輪郭を持ち始める。

 身体を覆うように畳まれていた翼が徐々に広げられる。

 大きく広げられた翼の先端は低く立ち込める雲に届かんとするほどあり、少し羽ばたかせるだけで周囲の木々が吹き飛んでいく。

 そして、翼で隠れていた巨大な竜の姿が露わになった。

 三本の首は蛇のように長くうねっており、その上には鋭く尖った角が生える頭が乗っている。

 生きとし生けるものへの憎悪を宿した金色の瞳は爛々と輝き、その視線は眼下の魔動騎士アルケインナイトに向けられていた。

 全身は宵闇の色を纏った頑強な鱗に守られており、大地を捉える太く、大きな四肢からもこの竜が如何に強靭で強大な存在かを訴えかけている。


「あれが邪悪なるドラゴンなんだね……うん、分かってるって」


 ターニャは心を決めたのか、その目に迷いの色はない。

 瞳に強い光を宿し、目前に立ちはだかる大きく、敵意に満ちた存在から、目を離さない。

 ハヤトを前面に構え、仲間の盾とならんとするヤマトを中心にジークフリートがその傍らに付いた。

 遠距離からの攻撃手段を持つサオシュヤントとハールバルズは斜め後ろへと動き、じりじりと近付いてくる大いなる悪そのもののドラゴン――アジ・ダハーカと対峙するのだった。

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