第117話 少しくらいは楽しめるのではなくって?

 ヴェステンエッケ東の平原において、フリアエと戦車ルークの戦闘が始まるのとほぼ同刻。

 西一帯に広がる沼沢地でも戦いが始まろうとしていた。

 魔動騎士アルケインナイトは本来、人々を守る守り神として造られた人造の巨人である。

 しかし、守るモノと奪うモノ。

 相反する道へと隔たれたモノは互いを傷つけ合うことでしか、存在意義を示すことが出来ない。

 三体の守るモノと一体の奪うモノの決戦の時が近付いていた。


 サオシュヤントのフェイルノートからばら撒かれた無数の魔弾が大地を穿ち、動きを止めた魔動騎士アルケインナイトは外装の色合いこそ異なるもののジークフリートに似ており、フルアーマーの甲冑を模した見た目をしている。

 その右腕は大型のランスと腕の装甲が融合した独特の形状をしており、腕自体が攻防を兼ね備えた特殊兵装のようだ。


「厄介なやつだ。あれがヘクトルか」


 カーミルはチッと軽く舌打ちをすると威嚇ではなく、ヘクトル本体に向け、フェイルノートの魔弾を容赦なく撃ち込む。

 しかし、ヘクトルはそれを意に介さず、右腕のランスを構えると巨体を揺らしながら、突進してくる。


「それなら、動けないようにすればいいだけだ」

「そうね。グングニル! 燃えろブレンネン


 大剣バルムンクを正眼に構えていたジークフリートが構えを突きに転じ、駆け出すのと同時にハールバルズも動き出す。

 グングニルから、放たれた魔槍がヘクトルの両足に深く、突き刺さった。

 刹那、発光した魔槍は大きくぜ、ぐらりと体勢を崩したヘクトルはその場に崩折れる。

 一瞬の隙を逃さず、バルムンクの刃がヘクトルの首を捉えていた。


終わりチェックメイトだ。ディアナ!」

「分かってる。土に還りなさい」


 頭を失い、脚部もボロボロになって歩くことさえ困難でありながらもまだ、動こうとするヘクトルにハールバルズが勢いよく振ったミョルニルが振り下ろされる。

 振り抜かれた巨大な槌は耳をつんざく轟音とともに狂った英雄ヘクトルの冒険に終止符を打った。


「あちらも片が付きそうだな」


 テオドリックの視線の先では激しく切り結ぶ二体の魔動騎士アルケインナイトの姿がある。

 一体はターニャの駆る純白の鎧を纏ったヤマト。

 もう一体は重装の鎧と緋色の衣を纏い、頭部に猛牛を思わせる二本の角のような突起物を生やしたロムルスだった。


 両手持ちの槍で首元を狙い、鋭い突きを放ってくる敵――魔動騎士アルケインナイトロムルスの攻撃をハヤトでいなしながらもターニャはこの状況を打開する手立てを考えていた。


「なるべくなら、傷つけないで分かってもらいたかったけど無理かな。ヤマト、ごめんね。無理みたいだね」


 『ガウン』とちょっと悲しげな声が朧げに聞こえ、ターニャも悼むように目を伏せる。

 そんな自分を励ますように『ギャギャ』という声が聞こえ、ターニャは覚悟を決め、眦を上げる。


「せめて一撃で倒す!」


 そんなターニャの想いに応え、ムラクモが青白い光を放ち始める。

 ロムルスはその様子に間合いを離すと膝をやや折り、低くした姿勢で槍を下段に構えた。

 そこに向かって、勢いよくハヤトが投げ付けられ、その動きに反射的に反応したロムルスは下段からの必殺の突きをハヤトに対して、放ってしまった。

 次の瞬間、ムラクモを両手でしっかりと握り締めたヤマトによって、袈裟切りに寸断されたロムルスの巨体が大地に倒れ伏した。

 ロムルスに受容者レシピエントがいれば、また違った結果になっていたかもしれない。

 投げ付けられたハヤトが罠であると見破り、ヤマトが取る行動に対処出来たのかもしれないからだ。

 この判断力の差が二体の魔動騎士アルケインナイトの運命を別ったと言っても過言ではなかった。


「ごめんね……絶対に倒すから」


 ターニャの鳶色の瞳が見つめる先には王都ヴェステンエッケがある。

 その威容はこれから始まるであろう壮絶な戦いを予感させるかのように陽炎の如く、揺らいでいた。


 🦊 🦊 🦊


 荒涼とした大地にフリアエを降下させ、周囲の状況を窺います。

 大きな反応は一つ、二つ……ええ、四つですわね。

 先程まで二つありましたけど、消えたのよね。


「レオ、あちらは恐らく、片付きましたわ」

「そっか。リーナの用意したパーティーは無事に開かれそうだね」

「ええ。恐らく、アレも私達ではなく、あちらから狙うと思いますの」

「そうなんだ?」


 アレは姑息にして狡猾なのですから。

 そのまま、私達に挑んでも太刀打ち出来ないことを知っているからこそ、先にあちらを狙うのでしょう。

 彼らの血肉を喰らえば、力を増すことが出来ますもの。

 ですが果たして、そううまくいくものかしら?

 人の力を過小評価し過ぎではなくって?


「人を救うのは人であるべきではないかしら? 人の手で成し遂げてこそ、美しいものですわ」

「それで僕らがするのは土偶さんの相手かな」

「はい。少しくらいは楽しめるのではなくって?」

「それはどうかなぁ。いまいち、手応えないんだよね」


 右を見ても左を見ても大司教ビショップですわ。

 よくもまぁ、これだけ量産したものね。

 腕が四本あるものもいれば、頭が二つあるものもいるみたい。

 多少の性能の差があるのよね?

 なかったら、レオがまた不完全燃焼になりそうね。


「そうですわ、レオ。折角ですから、新しいのを試してみません?」

「この前、言っていたやつかな? どれどれ?」


 レオったら、目を輝かせてまるで子供みたいですわ。

 あっ、確かに子供なところもあるのですけど、夜は全然、子供ではなくって。

 そういう話ではなかったですわね。

 とにかく、レオはこういうところがかわいいの。


「篭手に鉤爪が付いてますでしょう? ですから、これをこうして……」

「これは……面白いかもね。行けっ!」


 フリアエの両腕の篭手が意思を持つ生き物のように腕から外れると宙に浮かび、迫って来る大司教ビショップに向けて、飛んでいきました。

 宙で停止した篭手からは鉤爪が伸びていくのです。

 大司教ビショップも相当、硬い材質で守られているはずですけれど、難なく貫いていきますのよ?


 これ、どうやら私の流す魔力に応じて、自在に空を飛ばしながら、鉤爪で攻撃出来る兵装なのよね。

 勿論、操作するのはレオですから、的確に飛ばしては一体、一体を確実に屠っていくのですけど。

 ライラはどこから構想を得て、このような兵装を考えたのかしら?

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