第112話 新しいのが試せますわ。試したいかしら?

 急速接近してくる魔力源の大きさから、推測されるのは大司教ビショップかしら?

 計画書に記述された大司教ビショップの絵図はずんぐりとした丸みを帯びた胴体に短い手足と顔面のほぼ半分以上を占める大きな目が特徴的な独特のデザインの頭部を備えていました。

 前世の歴史の教科書に載っていた遮光器土偶に似てますわ。

 そのように芸術性が高いデザインにしているのですから、儀礼的な意味合いの方が強いシリーズだと予想していたのですけど。

 あれほど空気力学を無視したデザインなのに高速で飛行出来るなんて、信じられませんわ。

 ええ、なるほど。

 つまり、物理法則を無視した存在ですのね?

 おざなりの対応でいいかしら。


「拘束しましたわ。レオのお好きなように」


 フリアエの両腕から、赤い光で構成された魔法の鞭を射出し、大司教ビショップの腕と足に絡みつかせました。

 これ、単に絡みついて拘束するだけではありませんの。

 ついでに魔力を吸収させて、いただいておりますのよ?

 ギブアンドテイクというものが大事ですもの。

 そうそう、貰うだけではいけませんわね。

 身体を蝕む猛毒を注いであげますわ。


「それじゃ、投げるよ」


 レオったら、フリアエの身体を高速に回転させると大司教ビショップを地面に向けて、思い切り放り投げました。

 相変わらず、無茶しますのね。

 ドゴンという衝撃音と空高く舞い上がる土煙がその衝撃の凄まじさを語ってますわ。


大司教ビショップ未だ、健在ですわ。どうしますの?」

「そうこなくっちゃ、面白くないよ」


 本当に楽しそうで良かったですわ。

 あまりにあっさりと終わったら、レオが欲求不満になりますもの。

 そのつけを払うのはなぜか、私ですし。

 『あ~ん』と食べさせるくらいでは微々たるものらしく、夜払わせられるんですのよ?

 次の日、目の下に隈ですのよ?

 少々、取り乱しましたわ。

 嫌な訳ではないのです、ただ激しくて、疲れるだけで……えぇ?

 また、考えが脱線してますわね。


 そうそう。

 フリアエのお話だったかしら?

 闇の魔法力を一気に流してから、フリアエが第二形態に進化した可能性が高いのです。

 篭手がやや大型化して、三本の鉤爪のような物が伸びていますし、翼は大きくなっただけではなく、紫色の光の粒子で構成された半透明の不思議な形状に変わりました。

 また、ドラゴンの尾によく似た尻尾のような形状の器官が腰アーマーのお尻の部分から、伸びています。

 その先端は三つ又の槍みたいですし、これはもしかして……使えるのではありません?


「レーオー、新しいのが試せますわ。試したいかしら?」

「いいね、それ! やってみようよ」


 レオは新しい玩具を手に入れた子供みたいで無邪気ですわ。

 その様子だけなら、かわいらしくて抱きしめたいくらいなのですけど、実際には抱き締められて、抱き潰される側ですもの。

 今もしっかりと手は握り合っていますし、指も絡め合っていて、余所見は許されません。


意地悪な尻尾ボースハフト・シュヴァンツ、いきますわ」


 三つ又の先端が一直線に地表に立つ大司教ビショップ目掛けて、突き進んでいきました。

 あらあら?

 これはまた、どういう原理なのでしょう。

 私の愛剣オートクレールもどこまでも伸縮自在な刀身を持っているのですが原理は解明されていません。

 不思議ではあるのですが、あの刀身、実は魔力が顕在化しただけなのです。

 だから、まだ納得が出来るのですが……。

 この尻尾は不可思議ですわ。

 伸びて、突き刺して、また元に戻ってますもの。

 適当に狙ったのですけど、大司教ビショップのお腹に大穴が開いてしまったようです。


「威力はまあまあだね。あれじゃ、普通は戦闘継続無理そうだけど」

「え、ええ。普通ではありませんもの」

「それじゃ、白兵戦に限るねっ!」


 本当、楽しそうで良かったですわ。

 生き生きとしてますもの。

 でも、ターニャの方は大丈夫なのかしら?

 ク・ホリンは複雑な動きを行わせるのが無理ですから、早々に退がらせましたけど。

 あの子のことだから、無理しそうで心配ですわ。


 🤖 🤖 🤖


「何なの? また、光った!?」


 本能的な危機を感じたタチアナは咄嗟に左で構えていたハヤトをグッと押し出すように構え直す。

 大司教ビショップの両眼から、放たれた光条がハヤトを直撃し、特殊な魔法の付与により、防御コーティングが施された表面がズタズタに切り裂かれていた。

 それだけではない。

 捌ききれなかった光条がヤマトの肩や脛を掠め、強固な装甲を切り裂いている。


「このちょこまかと!」


 ヤマトも決して、防御に徹している訳ではない。

 強靭な素材にコーティングが施されたハヤトで身を守りながら、間合いを詰めるとムラクモを振るい、目前のずんぐりむっくりとした大司教ビショップを捉えようと動いていたのだ。

 しかし、見た目に反し、軽快な動きを見せる大司教ビショップは下から斬り上げようと狙おうにも一気に間合いを詰める突きを放とうにも難なく、避けてしまう。

 空を飛べないヤマトと異なり、地に足を付けることなくホバリングで移動し、自由に飛行出来る大司教ビショップはそれだけで優位に立っているのだ。

 ふわふわと宙に浮かぶさまはまるで目前で戸惑うヤマトを挑発しているようにも見えた。


「卑怯よ、降りてきなさいよ」


 タチアナの心は言い知れぬ不安に苛まれていた。

 このままでは何も出来ないまま、いずれ、動けなくなったところで止めを刺されるだろう。

 アルフィンでの暮らしで魔力の使い方を教えてもらい、以前とは比べ物にならないくらい長時間、ヤマトを稼働出来るようになったタチアナだが魔力は無限ではない。

 どちらが先にエネルギーが尽きるのか?

 このままではまずい、そう思った時、タチアナの頭にたどたどしい喋り方の声が響いた。


「し…ら……とり? しらとり? ヤマト! シラトリを」


 ドクンと強い鼓動を胸で感じ、タチアナはその衝撃に気を失いそうになる。

 全身から、力を吸い取られる感覚が凄まじく、『まるで命を吸い出されているみたい』と感じていた。

 『怖がらないで』と何かが薄っすらと訴えてくる。

 タチアナは恐怖よりも親しみを感じ、『怖くないよ。あなたも怖がらないで』と……。

 手と手が触れあって、温もりを確かに感じた瞬間、現実に引き戻されたタチアナは視界に映るヤマトの姿に若干の違和感に気付いた。


「何か……大きくなってない?」


 全高10メートル少々だったヤマトが一回り、大きくなっていた。

 脛当てや篭手が大型化し、肩部を覆っていた装甲がより大きな物へと変化している。

 それだけではなく、大きな宝石のような物が肩を飾るように出現していた。

 しかし、何よりも変化したのはその背中だろう。


「これは翼!? 飛べるってこと?」


 タチアナの頭の中で『ギャギャ』と奇妙な笑い声が響いた。

 不思議とそこに不快感は感じられなし。

 むしろ、懐かしさを感じるような意味の分からない感情。

 漠然としているものの確固たる想いがタチアナの中に満ちる。


「勝てる……わたしは……わたし達なら勝てる」

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