第110話 あとはいくらでも手はありますもの

 怪しい薬品類と魔法の書物が無造作に散乱し、ぼんやりとした魔法灯のみに照らされた室内はいかにも陰気で薄暗く、悪の研究室の匂いがプンプンしてきますわ。

 ええ?

 本の読みすぎかしら?

 ただ、こういう雰囲気を少し懐かしくも感じますわね。

 どことなく冥府を思い出す暗さはある意味、癖になりますもの。

 これでもう少し、温度が低ければ、もっと過ごしやすいのですけど。


「この打診、何が狙いでしょう?」

「あの頭の軽い金髪の孺子に狙いなどという高尚な考えがあるものか」

「あらあら」


 お祖父さまは不機嫌になると足をダンダンと踏み鳴らすようにやるのが癖になっているようです。

 音は相当に大きいのですが怖いというよりはかわいらしくて、いつまでも見ていられますわね。

 かわいいなどと言ったら、お祖父さまは不服に思われるかもしれませんけど。


「面倒な狐がいなくなったからのう。取って食おうという訳ではあるまいて。懐柔しようとも思えんしのう」


 思案しているように見えるのはこの部屋の主である爺や。

 しているように見えるとしか、言えないのは理由があります。

 爺やは死者の王リッチ・ロードなので顔に肉がありませんから、表情が分かりにくいのです。


「ですが、こちらから、会いに行って、勝ち取ろうとしていたものを向こうがただでくださいますのよ? 気味が悪いですわ」

「それはあるのう。わしとこいつでちょいと行って、問い詰めてくれようか?」


 ダンダンとさらに激しく、足踏みをする様子は本当、かわいらしいですわ。

 あまりにも愛らしいお姿ですから、お祖父さまを模したうさちゃんぬいぐるみを量産し、大規模に販売しようと考えました。

 実際に予算案を通すところまではうまくいったのですけれど、止められましたの。

 なぜかしら?


「いいえ、お祖父さま達の手を煩わせるまでもありませんわ。この件、ネビーに調査させるとして、おきますわ」

「ふむ。まあ、これであやつも箔は付くだろうよ」

「ええ。これであちらの動きにも専念出来ますし、好都合ですもの」


 アルフィンを離れたのは自由な生き方をしたかった訳ではありません。

 あくまで終点は帝都ノヴァ・グランツトロン。

 レオにふさわしい肩書を手にするのが目的だったのです。


 それが期せずして、あちらから、申し出があるとは思いませんでしたわ。

 レオを消息不明であったアイゼンヴァルト家令息と認め、特例として辺境伯の位を授ける。

 願ったり叶ったりの条件なだけに怪しいと疑いの目を向けざるを得ないのです。

 カルディア辺境伯への叙任とアルフィンを始めとした諸都市を統括すること及び私との正式な婚姻を承認すること。

 以上が通達されてきたのです。


 怪しいことこの上ないですわね。

 ですが、これでオルレーヌでの変事に専念出来るという前向きに考えることにしましたの。

 お膳立てはされたのですから、あとはいくらでも手はありますもの、ふふっ。


「では行ってまいりますわ」


 🦊 🦊 🦊


「レオ、二時の方向に敵影二十。恐らく、戦車ルークですわ」

「今日はまた、出迎えが多いね」


 そう言いながらもレオはどこか、楽しそうに見えます。

 フリアエの力があまりに強すぎ、フラストレーションが溜まっているのでしょう。

 ほぼ無人の野を行くが如しなんですもの。


「ク・ホリンも簡単な動きなら、こなせていますわ」

「へえ、人乗っていなくてもアレなんだ……」


 眼下で白銀のボディを陽光に煌めかせたク・ホリンが右腕のゲイボルグを振り抜くと軽く、十数機の歩兵ポーンが物言わぬ躯になっていきます。

 あのゲイボルグという特殊兵装、一見すると単なる大型の槍のようですけど、実は穂先が射出されて、遠くの目標に取りつき、爆散させるという恐るべき性能を秘めているようです。

 近接武器でありながら、投擲武器としての機能を併せ持つ。

 戦い慣れしていないターニャがあの時、無事だったのは運が良かったのはあるでしょう。

 それよりも彼女が秘めたポテンシャルの高さに理由がありそうですわね。


「ターニャも段々と慣れてきたみたいだね」

「そうですわね。あの盾とムラクモをあれほど、使いこなせるようになるなんて、思いませんでしたわ」


 ク・ホリンの百メートルくらい前方でヤマトがその剣を振るっていました。

 左の手に構えたハヤトで歩兵ポーンの槍を受け流しながら、ムラクモを横に薙ぎ払い、縋るように纏わりついてくる歩兵ポーンを次々に打ち破っています。

 流れるようなきれいな動きでこなしていますから、ターニャの物覚えが極端に早いというよりは基礎的な物を既に習得していたと考えるべきでしょう。

 あの動きは付け焼き刃でどうにか、出来る動きではありませんもの。

 それにターニャとヤマトの同調がかなり、進んでいるのも大きいかしら?


「じゃあ、僕達はあっちの戦車ルークと遊びますか」

「ふふっ、レオったら。本当に楽しそう」


 こういう時は無邪気で子供っぽくて、かわいい。

 そんな彼だから、に巻き込まれるのはお厭かしら?


「ねぇ、レオ。あなたも……」

「リーナが望むなら、僕はなるよ。何にでもなってみせるさ」


 そう言って、握り合っている手に力を込めてくるレオの眼差しはどこまでも真っ直ぐです。

 その瞳に映るのは私だけで私しか、見えていないみたい。

 私にも彼しか、見えていないから、御相子かしら?


「レオはずっと、レオのままでいてくださいな」

「ん? リーナ、何か、言った?」

「いいえ、何も……」


 呟いたのは聞こえていなかったのでしょう?

 聞かれたら、彼はまた……いいえ、それは駄目ですわ。

 あなたは今度こそ、守るわ。

 あなたの邪魔をするものは誰だって、許さない。

 だから、私だけを見てて欲しいの。

 ずっと私だけを……。

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