第89話 今のは正当防衛だよ?

「うっ……ん?」


 手足を無理に引っ張られている妙な感覚に重たく感じる瞼をゆっくり開いた。

 お父さんが血塗れで倒れていて、何か言ってて。

 それで着替えて……わたし、何をしてた?


「あれ?」


 目の前の視界を遮るように無機質な壁が広がっていて、燃え盛る炎とにじり寄ってくる大きな鎧のお化けの姿が映し鏡のように映し出されていた。

 現実感の無い光景にお父さんの最期の姿が重なって見えて、また涙が零れ落ちそうになる。

 手で拭おうとして、気付いた。

 手首に蔓のような物が巻き付いていて、手を動かすと映し鏡に一瞬、大きな腕のような物が映る。

 『え?』と違和感がある手と足を確認すると同じように蔓が巻き付いていた。

 どうやら、わたしは宙吊りにされているみたい……。


「なんなの、これ!?」


 思わず、腹立ちまぎれに右足で蹴る真似をするとやっぱり、大きな足のような物が映し鏡に映る。

 蹴り出された大きな足が飛びかかってきた鎧のお化けに偶然、当たったらしい。

 雷が落ちたようなスゴイ衝撃音とともに木々を薙ぎ倒しながら、吹っ飛んでいった。


「い、今のは正当防衛だよ? わ、わたしは……」


 『知らないよ!』と左手を適当に振り回したら、また当たってしまったみたいでガッシャーンという音を立てながら、お化けが吹っ飛んでいった。

 気のせいか、頭にも違和感がある。

 巻き付いてるんだろうか?

 あぁっ、もう!

 無意識のうちに地団駄を踏んでいたみたいでまた、派手な音がした。

 当たっちゃったんだろう。

 でも、そんなところにいるのが悪いと思うよ?


「あっ、痛っ」


 そして、突然の激痛に襲われた。

 痛い。

 頭が割れそうに痛い。

 脳に大量の情報が送り込まれ過ぎて、まるで考えが追い付かない。

 頭がこれ以上無理って、悲鳴を上げているようだ。


 真っ暗な闇の中で蠢く二本足で歩く鼠や魚、蛇の群れが世界を覆い尽くしていく。

 蠢く黒い絨毯の背後から、巨大な翼を羽ばたかせ、三本の長い首をもたげた大きな黒い影が現れた。


 そんなイメージと情報が一気に頭の中に入ってきて、最後にきれいな女の人が祈ってる姿が薄っすらと見えた気がする。


『コワセ……ツブセ……タオセ……ヤツラヲケセ』


 そして、わたしの視界が真っ赤に染まっていく。

 目の前でわたしを殺そうとしてくるヤツラが見える。

 長い筒状の物体を構え、こちらに向けているヤツに向けて、わたしは怒りの衝動に誘われるまま、拳を振り上げるのだった。


 🐍 🐍 🐍


「圧倒的な力ですわね」

「しかし、あれは危ないんじゃない?暴走してるように見えるけど」


 レオが埴輪みたいと評した大きな人型のモノが分厚い外骨格に守られた異形の鎧兜もどきに拳を叩きつけました。

 一見、純粋にして、単純な物理的攻撃に見えますが侮れませんわ。

 金属質の外骨格が無残にもへしゃげ、木々を何本も薙ぎ倒しながら、吹き飛ばされているのです。

 あれだけ圧倒的な力があれば、魔法の守りをも貫くことがないとは言えませんもの。


「ねぇ、レオ。埴輪って、あの武人の埴輪で合っているのかしら?」

「リーナの言う”あの”が分からないけど、武装した兵士の埴輪に似てないかな?」


 前世の知識では古墳時代と呼ばれる古代日本において、人柱の代わりに墳墓に供えられたものが埴輪だったはず。

 その中でも剣を持ち、鎧兜を纏った代表的な埴輪が武人を象ったとされる物と記憶にあるのですけど……。


「そう言えば、似ているような気がしますけど」

「だよね。ああいうのって、アースガルドには元々……」

「ありませんのよ?この世界には戦闘機も戦車も二足で歩く戦闘ロボットもありませんのよ?」

「ないんだ……それは残念だなぁ。てことはあれを作った人は転生者か、転移者かな」


 何を想像して目を輝かせていたのか、分かりませんけれど、期待を込めた瞳で見つめられてもこちらの世界にそういう兵器類が存在しなかったのは事実ですわ。

 現状、最強とされている戦力に飛竜を騎獣とする竜騎兵がありますけど、それもほぼ、伝承上の代物になっています。

 飛竜の生息数が絶滅を危ぶまれるほど少ないのに加え、適性を持つ高潔な騎士が絶えて、久しいと聞きますもの。

 そう考えますとあの埴輪もどきの戦闘力は陸上に限定されたとしてもかなりのものでしょう。


 埴輪もどきと対峙する鎧兜もどきも相当の戦力と考えないといけないですわ。

 人の三倍はある大きさに加え、炎を撒き散らす武器や人間大の剣と殺傷力の高い武装をしています。

 量産されていたら、危険な存在と言わざるを得ません。


「あれ、動きは鈍いけど一撃の破壊力は相当だよ」

「そのようですわね。無駄な動きが多いのは操っているのがターニャだからでしょう」


 拳を振り抜いた埴輪もどきはゆったりとした動きで前進を始め、それを阻もうと前に躍り出た迂闊な鎧兜もどきが鈍重な蹴りをまともに浴びたようです。

 耳を塞ぎたくなるような金属音とともに吹き飛ばされていきましたわね……。


「レオ。あの埴輪もどきは恐らく、魔力で動いていると思いますの。ですから……」

「魔力が切れたら、止まるってこと?」

「ええ。彼女の魔力は徐々に弱まっていますもの」


 はっきりと感じられていたターニャの魔力が時間とともにどんどん弱くなっています。

 一流の魔導師でも魔力消費量が高い上級魔法を使おうとすると五回が限度でしょう。

 彼女の場合、少なくとも十回以上を余裕でこなせる魔力量を有してますわね。

 そのターニャの魔力が今、ほぼ消えかけているということから、魔力をキーとして動いていると推測出来るのです。


「あれがまだ、動いている間に残された資料がないか、探しましょう」

「うん、分かった!」


 え?

 そのまま、抱き抱えられたままなのですけど。

 下ろしてくれないようですわね。

 歩かないでいいのは楽ですから、別にいいのですけど!

 こうしてレオの体温と心音を感じられると幸せを嚙み締められますし……。

 でも、本当にいいのかしら?

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