第90話 黒き死神と白銀の悪魔
リリアーナ一行が埴輪もどきと名付けられた巨大な人型と邂逅を果たしたのと同刻。
オルレーヌ王国の北端と東端でも異変が起きていた。
この国の北に接する独立国家は無い。
しかし、それは正確な情報ではない。
国と認定されていないに過ぎないのだ。
独立自治区。
ミクトラント大陸の北部から北西部の広大な森林地帯はそう呼ばれている。
独自の文化や習俗を持つ少数民族によるこの自治区が成立したのは多分に政治的な意味が大きい。
西方諸王朝のパワーバランスが強く影響しているのだ。
古い成り立ちを持つ歴史ある国、産声を上げて間もない国。
それらが入り混じった非常に複雑な地方が西方である。
レムリアという国力が遥かに上の帝国と接している以上、小国家の寄り合いのような国々が鎬を削っている場合ではない。
結果、相互不可侵の約定が結ばれたのは自然な流れだったと言える。
とはいえ、隙あらば、国力を増さんと企む輩はいつの世も尽きない。
西方諸王朝が大陸の火薬庫と呼ばれる所以である。
そのように隣国の出方を窺い、睨み合っている以上、独自の戦力と基盤を有する少数民族の地を治めようと動く国がなかったのだ。
少数民族もまた、互いに睨み合い、主張し合うだけで足並みを揃えることがなかったからである。
その為、北端の国境に置かれた関に配備されている兵力は他の地域よりも少ない。
冷涼で厳しい気候は人が快適に生きていくことを拒んでいるとまで言われる。
住人が少ないので収穫される作物も当然のように少ない。
鉱石などの特産品が産出される訳でもないこの地域は重要視されることなく、軽んじられてきた。
周囲一帯に目を光らせる物見櫓に数本の槍のような物が突き刺さった。
砦を囲むように建てられた高く、分厚い堅牢な城壁にも同様の槍が突き刺さっていく。
それは壁を破る訳でもなく、櫓を倒す訳でもない。
ただ、突き刺さっているだけのように見える。
「て、敵襲!? ……なのか?」
櫓で見張りに当たっていたまだ、年若い守備兵はどう判断すればよいか、分からず困惑した表情のまま、固まった。
「なんなんだ?」
その時、大地が割れ、地響きを上げながら、巨大なモノ――闇のようにどこまでも深い漆黒に染め上げられた巨人が地中より現れた。
ゆったりとした動作で関へと一歩、また一歩と歩みを進め近付いてくる黒い巨人から、放たれる無言の威圧に関を守る兵士達は固唾を飲んで見守るしかない。
巨人はこれまでに三度、出現していた。
一度目は西砂漠に出現したダークグレーの単眼の巨人。
二度目は南の大河に出現した白と濃紺の巨人。
三度目が南の関所に出現した埴輪もどきの巨人。
今回、四度目の出現を果たした巨人はまた、違うタイプのようだ。
頭部はつばの広い帽子を斜めに被ったような奇妙なデザインでその帽子状の意匠で片目が隠れている。
背部から、蝙蝠の翼に似た形状の装甲板がマントのように伸びて側面と背面を覆っており、全体が漆黒に彩られていることも相まって、さながら冥府からの使者のようにも見えた。
左腕には金色に輝く巨大なハンマーが握られており、対する右の上腕部には逆三角形のシールドに似た装甲が取り付けられており、そのシールドに収納されているのは砦に突き刺さっている槍と同じものだ。
黒い巨人がのっそりと近付いてくるたびに周囲に響き渡る地響きはまるで死神の足音のように恐怖を伴い、人々の耳を支配していく。
「さて、チェックメイトです。グングニル……
櫓や城壁に突き刺さっていた槍が眩いばかりの光を放ち始めたかと思うと次の刹那、凄まじい衝撃波が発生し、辺り一面を火の海に変えていった。
「行くよ、ハールバルズ」
🤖 🤖 🤖
北端の関と呼ばれていた地が消失したのと同刻。
東の地にも巨人が出現していた。
オルレーヌの東部は不毛な砂漠で知られる西と全てにおいて、対極とされる。
緑豊かな森林地帯が広がっており、豊かな地下資源にも恵まれているのだ。
資源はすべからく、国によって管理されるべし。
その原理に基づき、秘密裏に築かれた城塞がある。
「何だ!? 何が起きたというのだ」
狼狽える指揮官の見守る中、四方に配置された見張り櫓が耳障りな衝撃音とともに寸断され、倒壊していく。
「あれは……何だ?」
白銀の装甲はまるで良く磨かれた鏡のように煌めいていた。
緩やかなカーブを描く美しい甲冑を纏った巨人。
巨人が手にする穂先に返しが付いた奇妙な形状の槍が振るわれるたびに城塞の施設は次々と破壊されていく。
『ターゲットヲハカイスル』
銀色の襲撃者はまるで感情を感じさせない無慈悲な進撃を続ける。
守備兵は容赦なく踏み潰されていく仲間を目にしながらも遠巻きに抵抗を続けるものの一人、また一人と斃れていく。
やがて血の色を思わせる赤塗りの大きな槍が動きを止めるとその場で動いているモノは一人もおらず、その場に立っている建屋は一つもなかった。
全てが破壊し尽くされ、白銀の巨人ク・ホリンはただ静かに佇んでいる。
『ミッションコンプリート』
感情も心も感じさせない無機質な声に応える者は誰もいない。
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